積み上げられた書類の山に今日も徹夜かと思いながら、カレンダーに視線をやった。今日のリボーンの誕生日は例年通りであったならパーティーを開いてリボーンの誕生日を祝っていたことだろう。
だけど、今年は例年とは違いその10月13日にパーティーが開かれることはなかった。

主役のいないパーティーなんて寂しいだけだと、誰かが言ったからだ。ここにはいない俺の家庭教師。いなくなってから、もう随分たったような気さえしてくる。明日、もう1時間もしないうちに迎える俺の誕生日も今年は例年通りにパーティーなんて開かれることはない。
獄寺くんは俺に気をつかってくれたのかやりましょう、と言ってくれたけどそんな気分でもなかったし、ましてや今のこの状態じゃできるわけがないというのは誰も何も言わなかったけれど、わかりきったことだった。


ミルフィオーレとの戦いでは得るものなんて何一つない。すべては失くして行くものばかり。それなのに、何故戦わなければならないんだろうか。だけど、戦わなければもっと多くのものをなくしてしまうということも分かっている。


守れなかった、もの。それにリボーンも含まれている。
駄目ツナが、と言って俺に仕事を押し付けてくる家庭教師はもういない。


筆をうごかし、必死な思いで書類を処理していればその間だけは俺の失くしてしまったものを考えなくても良いような気がした。どんなに寝不足だったとしても、仕事をしているときだけはそれだけに没頭できる。
でも、それをはさせてはくれなかった。俺の体の心配をしてくれた彼女は仕事に没頭して寝ることさえもしようとしなかった俺を叱ってくれる。
だから、リボーンがいなくなったすぐあとは寝る間もおしんで仕事をしていた俺は今はちゃんと寝不足とは言いつつもちゃんと寝るようにはしている。そうしないと、「じゃあ、私も寝ない」なんて言って自分も寝ようとはしないから。


それに俺だって本当は気づいていた。彼女の言うように俺が体調管理をしっかりとしておかないと、今ここにある守りたいものさえも失くしてしまうということに。



「私だって、もう失いたくない」



と、今にもなきそうな顔で言われて俺には何ができただろうか。自分が何も出来ない歯がゆさ、そして、自分の力のなさを改めて思い知ったような気がした。
だからこそ、俺は今倒れてはいけないと自分に言い聞かせた。

自分からこれ以上大切なものを奪わせないためにも。そして、彼女から大切なものを奪ってしまわないようにと。


あわただしく聞こえて来た足音に万年筆を机の上に置き、顔をあげた。この足音を聞く限りどうやら今日は書類の処理は後回しになってしまうらしい。立ち上がり、コートを手に取るとそれをはおる。袖に腕を通していれば、ノックもせずに入ってきたのは普段なら絶対にそんなことはしないであろう獄寺くんがいた。
肩で息をし、その息も乱れている。


「……抗争が始まったみたいです、10代目」


乱れた息を落ち着かせて言われた言葉に俺は、あぁやっぱり、と驚くこともなく納得していた。には悪いけれど今日は本当に徹夜になってしまうらしい。
いや、目の前の書類の山を見る限り明日も徹夜かもしれないけれど。


「今、行くよ。」


俺の言葉に何故か獄寺くんは「すみません」と言葉を口にしていた。君が謝ることではないのに。本来なら俺が謝るべきなんだろう。俺の力が及ばないばかりに、こんな時間まで部下を走らせてしまうし、起きなくてもよいはずの抗争も起こってしまう。


部屋の電気を消して廊下へとでて、足早に歩く。そのときの俺は既に自分が誕生日を迎えていたことなんて、頭の中になかった。





***




なんとか抗争をおさめて帰ってみれば、時刻はすでに9時をすぎていた。正しく言えば10月14日の、21時。一日も抗争を収めるのに時間がかかってしまったのはやはり俺の力がおよばないからなんだろうか、と思えばもれてしまう自嘲。

はぁ、と思わず零れてきそうなため息を飲み込み自室へと急ぐ。


まだ俺には残された仕事がある。机の上に山のように積み上げられた書類はなんとか今日まで、とは言わないが明日までには終わらせなければいけない。
体は少し寝不足で重いが、それでもわがままは言ってられない。ガチャリ、とドアノブをまわして自室へと足を踏み入れれば部屋の明かりがついていた。昨日、確か消したはずだと思い首をかしげて部屋の中を見渡せば机の前にあるソファーに座っているの姿。

俺はその姿に驚き目を見開いたけれど、は驚いた様子もなく俺に気づくと笑いながら「おかえり」と優しい声色でその言葉を紡いだ。


、なんで、」
「なんでって、そりゃ、我らがボスの誕生日を祝いに決まってるでしょ」


にそういわれて俺はやっと今日が自分の誕生日だったことを思い出した。そう言えば、と思わず呟いた言葉には眉をひそめて「まさか忘れてた?」と言って俺を見ていた。
そして、今気づいたのだけど机の上にはいつの間にかあれほどまでに積んであった書類の山はなくそれの代わりに、包装紙につつまれリボンのついた箱がいくつか詰まれてあった。

も俺の視線に気づいたんだろう。
また笑みをつくると「あぁ、それ」と言いながら、嬉しそうに言った。


「みんながツナへと誕生日プレゼントって言っておいていったよ」


おめでとうの言葉と一緒にね、といわれてどんな反応をすれば良いのか分からなかった。驚いた気持ち、嬉しい気持ち、様々な思いに思わず目の前が潤みそうになった。


「だって、今年はパーティーはしないって言ってたのに」

「ばかだなぁ、ツナは」


まるで目の前の彼女は子供のように笑った。馬鹿だ、と言いつつもその言葉は本当に俺を馬鹿にしているわけじゃないというにはすぐに分かる。


「パーティーはしないって言ったけど、祝わないなんて一言も言ってないでしょ?」


目の奥があつい。涙が、でそうになった。

確かに祝わないといわれたわけじゃなかった。でも、今のこの状況でまさか自分の誕生日を誰かに祝ってもらえると思わなかった。パーティーをして欲しいと思ってたわけじゃない。俺だって、今の状況はちゃんと分かっているつもりだったから。

でも、やっぱり誰からも祝ってもわらないと思うと寂しかったのは事実だった。

去年までは10年前までの俺では考えられないくらいに多くの人からおめでとう、と俺の生まれたことを祝ってもらって。友達や、もとは敵だった人達からも、その一言を貰っていた。
それが今年は、誰からももらえないと思うと確かに寂しかった。それに、絶対にあの家庭教師からはその言葉はもらえないと分かっていたから、なお更。


「山本とか、了平さんとかはツナに直接言いたかったみたいだけど二人とも仕事ですぐに出て行ったよ」
「…、そうなんだ」
「私は今日は偶然休みだったんだよね」
「ずっと、待っててくれたの?」

「当たり前じゃん。だって、今日はツナの誕生日なんだから!」


当たり前、だといってくれることが嬉しかった。俺の誕生日だという、たかがそんな理由で誰にもいない、今日もしかしたら帰ってこれないかもしれない俺を待ってくれていたことが。


「雲雀さんや、骸さんも来たんだよ」
「あの二人も?」
「うん。二人とも沢田綱吉には借りはしたくないから、なんて言ってね」


そう言って、は机の端に置かれた箱を視線をうつす。確かに二人の誕生日には俺は二人にプレゼントを贈った。二人が何を考えて、何を思っていようとも、俺にとっては仲間に違いはなかったから。


「ランボとか、イーピンちゃんとか、他にもたくさんの人がツナの為に来たんだよ。」



"俺のために"


歯をくいしばらないと、涙が零れそうだった。そんな俺に気づいてかはただ優しく笑っているだけだった。だけど、その優しい笑みに俺はもっと泣きそうになってしまった。
多くの仲間が俺のために、何かをしてくれる。それは、なんて素敵なことで、かけがえのないことなんだろう。


それは目の前のにもいえたことだ。
彼女は俺のために自分の時間を犠牲にしてくれ、それを当たり前だといってくれた。なんて、かけがのない存在、なんだろうか。


「机の上にあった書類片付けておいたから今日はゆっくり休みなよ」


その言葉に俺はに視線を戻した。きっとが片付けてくれたんだろう。彼女は今日、貴重な休みだった、にも関わらず、だ。


「あ、これがプレゼントってわけじゃないよ?!」


ちゃんと準備してるんだから、と言って得意げに笑う。そんな彼女にプレゼントなんて別にいらなかったのに、と思えた。彼女が俺のためにつくってくれた時間。それが、俺にとっては最高のプレゼントだと、思えたから。

どんなものよりもかけがえのない、もの。その存在がいてくれるだけで、俺にとっては最高の、何もかえることができないプレゼント、だ。


「ほら、私からは写真たて」


は、立ち上がるとこちらに近寄って俺の手に一つの写真たてを渡した。その写真たてにはすでに一枚の写真が飾られていた。


10年前、俺がまだ中学生だった時のみんなでとった写真。アルバムにはさみ、いつも眺めていた写真。

最近は、この時のことをよく思い出して、よくこの写真を眺めていることが多くなっていた。懐かしい、と思いながら眺めていたことを彼女はいつの間にか知っていたのだろうか。
幼い俺。山本や獄寺くんたちも、幼い。
この写真にうつる雲雀さんを眺めながら群れるのが嫌いな雲雀さんと良く写真なんてとれたな、と思うこともしばしばで、そして、今はもうここにはいない家庭教師の姿もある。


「この写真を見ると今でもこうしてツナと一緒に入れることが凄いと思うんだよね」

「そうだね…俺も、そう思うよ」


まさか、俺がこうしてボンゴレの、マフィアの10代目となり、昔の仲間達と相変わらず一緒にいれるなんて、奇跡にも近い確立じゃないだろうか。そして、いつもとかわらないように、俺の誕生日を祝ってくれるが今年もまた変わらずに俺の隣にいてくれる。



「ねぇ、。来年も、祝って、くれるかな?」


笑みをつくって、に問えばは一瞬だけ目を丸くして驚いていたけれど、すぐに俺に笑いかけてくれた。


「"当たり前"でしょ?」


彼女は知っているんだろうか。その当たり前に俺がいつも救われていることを。
本当はが言う当たり前なんて、当たり前じゃないことを。当たり前ではないことを、当たり前だと言って、彼女はいつも笑ってくれる。願わくば、来年も、もっと、この先も、その笑みを見ていたいと思った。


「おめでとう、ツナ」

「ありがとう」


二人で笑いあっていれば、昨日と同じように部屋の外から足音が聞こえて来た。はその足音に眉をひそめると「やっと来たか」とボソッと呟いた。俺ももこの足音が誰かのものなんてもう分かりきっている。
昨日と同じ足音。先ほどまでは俺と一緒に抗争の鎮圧をしていたから、が待っている間には来れなかったのは彼一人しかいない。

バタンッ、と音を立ててドアが開いた。その瞬間に始まる、と獄寺くんの言い合いに俺は可笑しくなって思わず笑ってしまった。




HAPPY BIRTHDAY!





(なぁ、リボーン。俺は、俺は今ここにいる仲間だけでも絶対に守ってみせるから)







(2008・10・14)

ツナ、誕生日おめでとう!