自分が吾郎と認識できるようになったとき、すでに、と言う妹は俺の傍にいた。他の家庭のようにお兄ちゃんだから我慢しなさいと言われることが少なかった俺は、周りの妹がいる奴らに比べ妹をそれほど邪魔なものだとは思わず幼稚園児にしては普通に可愛がっていたと思う。
たまには遊んでやることもあったし、俺についてくる妹を煩わしいと思ったことは一度も無かった。
しかし、いつの間にか俺が幼稚園を卒園し、小学校に入学し、にも自我というものが芽生えてくると何故か彼女は俺の後ろをついてくることがなくなった。
いつもお兄ちゃん、と言いながら付いてきていた妹が急に離れて行くというのは寂しいものであり、しかし、妹はまだ幼稚園児。まだまだ誰かの傍にいたい年頃だろうと小さいながらに思っていたのだが、どうやら彼女は俺の傍にだけは近寄ろうとしないらしい。
どうして俺の後ろを付いてこなくなったのか訳が分からなくなった俺は、とりあえず妹の機嫌をとろうと様々なことに葛藤した。
「ほら、。俺のお菓子もやるよ」
「……いらない」
幼稚園児の癖に生意気な。と思ったのは秘密だ。それにしても、我が妹ながら幼稚園児にしては大人びている。俺は俺で、この頃には既に自分の可愛さを自覚しており他の同い年の子たちにくらべれば、考え方も大人らしい……いや、正しく言うと汚い考えをしており、損得や利益などを考えながら行動していた
。小学校一年にしてあんなことを考えていたなんて、俺って凄い。さすが俺……って、今はそんなことどうでもよく、は俺がどんなことをしようとも懐くことはなかった。それが無性に腹が立った。
この可愛らしさをもってすれば、こんな露骨に俺を嫌ってくる人間はいない。むしろ、俺を嫌う人間なんて以外に俺は知らなかった。
そして、つもりつもったイラつきをある日、俺はに向かって発散してしまった。あの時は多分、は既に小学校に入学していたと思う。きっと、俺が言ったことも理解できると分かっていたのに、俺は子供ながら残酷なことをに言ってしまっていた。
「なんて、俺のおまけのくせに」
が俺とは違って平凡な顔をしている、ということは分かっていた。だから、彼女がではなく、吾郎の妹として周りに認識されていることも知っていた。
だから、だからこそ、俺はこの言葉を幼いに言ったんだ。俺はは泣くだろうと思っていた。こんなこと言われて小学一年生のは泣かないわけがない、と思っていた。しかし、俺の予想とは裏腹には泣くことなくただ「分かってる」と小学一年生にしては淡々と言って述べた。
その言葉を聞いた瞬間、俺は何て事をしてしまったんだと、思った。すぐに謝らないとと思ったのに、言葉はでてこなくて、どうしてよいのか分からなかった。
はそれから数日間俺とは口を聞いてくれなかった。俺のあとを付いてこなくなったあとも、話しかければ話していたし、話しかけられることも少なからずあった。それが一切なくなり、兄妹としての会話がまったくなくなってしまった。
寂しいな。
お兄ちゃんとは言ってくれなくはなったけど、吾郎、と名前を呼んで貰えないのはそれはそれで寂しかった。馬鹿とか、他の奴らに言われたらムカつくだけなのに、に言われないのは何だか、悲しかった。別に、俺、そんな事言われて喜ぶようなタイプじゃないのに。むしろ、言われたら笑顔で殴っちゃいそうなのに。
妹からそんな風に言われるのは、もしかしたら好きだったのかもしれない。
そんなある日の放課後。ガキ大将という時代錯誤もなんのその、な同級生から俺は色々いちゃもんをつけられていた。どうやら人気のある俺が気に食わないらしい。正直「お前の母ちゃんでべそ」レベルの悪口に、俺はさっさと解放してもらえないものかと思っていた。
俺としてはこんなことやっている暇なんてなく、早くと仲直りする術を見つけたい。
「あんまり調子にのってると、」
「うざい、だまれ」
ふと聞こえて来たのは聞き覚えのある声。そのガキ大将の後ろ、俺の視線の先には真っ赤なランドセルを背負ったが、ガキ大将を睨みつけながら立っていた。ガキ大将はの言葉に勢いよく後ろを振り返ると、また低レベルの文句をにへと言い放った。俺自身に文句を言われるのをなんとも思うことはなかったのに、何故かを罵倒されるのは腹が立つ。
こいつ殴ってやろうか、と思いつつ手に力を入れれば、から本当に小学一年生かと思えるような単語が飛び出した。
次から次へとでてくる悪口の数々。一体どこでこんな言葉覚えたんだ。と思っているうちに、ガキ大将はの悪口に負けて、泣きながら走り去っていた。
「だいじょうぶ?」
「、何やってんだよ」
「ストレスはっさん」
いやいや、そこは俺を助けるためじゃねぇの?!と思わず言いそうになったけれど、これは彼女なりのカバーなんだろう。
は照れ屋だから、きっと俺を助けるためなんて言いたくはなかったんだと思う。なんて、可愛くて、愛らしい妹なんだよ。そんなことを考えていればいつの間にか俺の口端は僅かにあがり、にありがとう、と言っていた。
「、ごめんな」
言いたくていえなかった言葉を、思い切って口にすれば、はさほど気にした様子もなく「べつに」と答えて歩き出した。体のわりに大きいランドセルを背負った後姿を見ていると、なんだかこの妹は自分が守ってやらないといけないんだ、と使命感がでてきて、妹が可愛くて可愛くてたまらなくなってしまった。っていうか、のどこが平凡なんだよ。可愛すぎるくらい可愛いじゃないか。
この日から、大切だった妹は、とても大切で愛らしくて可愛い妹に代わってしまい、今まで以上にを可愛がるようになった俺はいつの間にか「シスコン」だなんていわれるようになっていた。別に良いじゃん、シスコンで。だって、目にいれたって痛くないくらい可愛い妹を可愛がって何が悪い?まぁ、最近ではがブラコンになってくれないものかと、淡い期待もしてたりするんだけど、それは当分さきになりそうだ(いやいや、一生そんなことないから!!)
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