パタパタと走ってくる足音が聞こえてきたと思えば、さん、とまだ幼さを残す声で私の名を呼ぶ声が聞こえた。私はその声に歩みをとめ、振り返る。

視界に飛び込んでくる二人の姿に私は、ドクンと心臓がはねた。しかし、そんなそぶりを見せるわけにはいかず私は笑みをつくる。そんな私の気持ちに気づかずに二人はいつもの笑みを浮かべもう一度「さん」と私の名前を呼んだ。ごめん、と思わず思ってしまうのはこの二人に負い目があるからか。まだ伝えてないあのこと。二人はまだ何も知らない。



そして二人の声を、いつまでも刻み込んでいようと思っている自分がいることに気づいた。
私は一体何を考えて……まるで、これじゃあ、もう会えないみたいじゃないか。そんなことあるはずないのに。あってはいけないことなのに。だけど、そうは思っているのに二人の姿をしっかりと覚えておこうと思っている自分がいる。




さん、お久しぶりです」



ランボくんの声。もう昔とは比べ物にならないくらい落ち着いたその声を私は忘れないようにとしっかりと心の中に刻み込む。


さん!お元気でしたか?」


イーピンちゃんの声。昔とは比べ物にならないくらい日本語の上手くなったその声を私は忘れないようにとしっかりと心の中に刻み込んだ。



「二人とも久しぶりだね」




この二人にはまだツナが死んだことは伝えていない。いや、伝えることができていない。京子ちゃんとハルちゃんと同じように、この二人もツナを好いていたから、きっとツナが死んでしまったことを伝えれば、と思ってしまうと事実を伝えることができないでいる。
伝えなくてはいけないのに。いつかは隠していても、バレてしまうのに。それでも私はこの二人に事実を伝えられないんだ。





もしかしたら……私はまだ、ツナの死を認めていないんだろうか。ツナの死を口に出すことが怖い?



もしそうだとしたら、私はなんとも愚かなんだろうか。雲雀さんや獄寺や山本にあんなことを言っておきながら、これでは、守れるわけがないじゃないか。あの三人も。今、目の前で幼い笑顔で微笑む二人も。私はツナと約束したのだから。





君が守りたかったものは私が守るよ、と。



これは勝手な約束でしかないけれど。私が一方的にツナとした約束だけれど。それでも、私はこの約束をしっかりと守ると決めたのだから。弱音なんか言ってられない。




「最近、ボンゴレを見ませんが大丈夫なんですか?」





「あぁ、ツナなら少し仕事に追われてるみたい」






つくりものの笑顔を浮かべて、しょうもない嘘を吐く。今は仕事に追われているのは正しくは獄寺だ。ここ数日、彼はツナの死後の後処理や、ミルフィオーレのことで仕事に追われている。もちろん、それは私も例外ではなく私も今までとは比べ物にならないくらいの仕事の量をこなしている。そして、こうして自分が今までと比べ物にならないくらいの仕事をすることによって私は初めて知った。

ツナが今までどれだけ多くの仕事を一人でこなしてきたのか。私達の負担をどれだけ減らそうとしてくれたかを。こんなことツナが死ぬ前に知りたかったことなのに。だけど、どんなにそのことでツナを責めたくても彼はもういない。伝えたいことも、もう伝えられない。






「(もっと頼ってくれれば良かったのに……)」






いや、私も知ろうとしなかったから、それもいけなかったんだろうけど。でも、ツナだって悪い。私達は仲間なんだから頼るのは当たり前のことなんだから。あれだけの仕事を一人でこなすぐらいだったら、私達を頼れば良かったのに。ツナが頼ってくれるのを嫌がるような奴らなんて私達の中には一人もいるはずがないのだから。それに頼ってくれなければ、私は足手まといでしかなかったんじゃないかと不安になってしまう。たかが書類の処理も頼めないような部下だったのかと、思ってしまう。





いや、もし私がただの足でまといだったとしても、それはこれから挽回してやる。みんなを守ることで、私はここでの存在理由をつくりたい。ここに私がいてよかったと思ってもらいたいと思うから。





「そうなんですか。では、ボンゴレに無理はしないようにお伝えください」



「沢田さんが倒れたら大変です!仕事も大事ですけど、体の方が大切です」






そうだね、とイーピンちゃんの言葉に私はゆっくりと微笑みながら返した。本当はその言葉はもう伝えられないのに。ごめんね、伝えることができなくて、と心の中で囁いた。私だって伝えることができたのならツナに伝えたちことはたくさんある。





ごめんね、ありがとうと何回も繰り返し、呟くその言葉はもう君は届くことはない。





「もちろん、さんも体には気をつけてくださいね」




「・・・ありがとう、ランボくん」


さんにもしものことがあったら私達、困りますから。それに、ランボが泣いちゃいます」





「イ、イーピン!」





イーピンちゃんの言葉に思わず私が死んだら皆は、と考えて……やめた。

自分が死んだら、なんて考えたくはない。でも、その可能性がないこともない。これからきっと始まるであろうミルフィオーレとの戦いは絶対にさけられるものではない。



そのとき、私は全力でミルフィオーレを倒すだろう。しかし、その事に不安がないわけじゃないんだ。どんなにツナが油断していたとしても、あのツナが殺されてしまうなんて相手の力は計り知れない。そんな相手との戦い。もしかしたら、と考えてしまうのも無理はない。自分の命を守るだけで一杯一杯かもしれない。他の人を守る余裕なんて本当は私にはないのかもしれない。




「(だけど、私は決めた)」






ツナの守りたかったものを守る。

それは私の守りたいものへにも繋がるから。



この目の前のランボくんとイーピンちゃんの微笑を絶対に守ってみせよう。そして、この二人の笑顔をしっかりと刻みつけよう。それは、もうこの笑顔が見れなくなるかもしれない、とかそんな理由でなくて、もう一度この二人の笑顔を見るために帰って来るという覚悟のために。私はこの二人の笑顔を思い出のまま死にたくなんてない。みんなの笑顔や優しい声を思い出なんかにはしたくない。



私はここに帰ってこなければならないんだ



そうだ。みんなの笑顔を守りたいと思うのなら、私は死んではいけない。私の知ってる人たちはみんな優しいから、私が死んだら泣いてくれるに違いない。私のことで彼らの笑顔を、消してしまいたくはない。






「私は、大丈夫。まだやらないといけないことがたくさんあるから」




私が言えば少しだけランボくんの眉がより、心配そうな顔に変わる「……さん、それって俺達にはできないんでしょうか」今にも泣きそうな表情で言うランボくんは、昔と全然変わりがなかった。泣き虫でも、誰かのことを思って泣いてくれる男の子。



その涙に何回、私が救われたことだろう。私はその涙に幾度となく救われ、今ここにいる。





「俺達にできることはないんでしょうか」





もう一度、ランボくんは呟く。その言葉にイーピンちゃんも僅かに顔を伏せた。あぁ、もしかしたら、ボンゴレが今までと違うことに気づいているのかもしれない。ツナが死んだということまでは知らないのかもしれないけれど、異変が起きていることには気づいている。だけど、誰も何も教えてくれないから、不安、なのかもしれない。不安なのは何も私だけじゃない。

すべて知ってる私だって不安だし、何も知らないランボくんやイーピンちゃんも同じように不安なんだ。





ツナが死んだ、と言う事実を伝えたほうが彼らのためになるんだろうか





でも、私の口からはそのことがでることはなかった。私はランボくんとイーピンちゃんの顔を相互に見やり、できるだけ優しく微笑めば、二人とも強張っていた顔が緩む。君たちにできないことなんてない。でも、これは私がやりたいことだから。私にやらせて欲しい。君たちを守る、と言うこの仕事だけは、私がしっかりと成し遂げたい。一方的にツナとした約束ではあるけれど、守りたいと思っているこの気持ちに嘘はない。





今は何も伝えることができないけれど。

これは私の勝手だけど。

でも、いつか伝える。君たちにすべての事実を話す。







―――すべてを終わらせた時に





いつが終わりなのかなんて私には分からない。でも、きっと、ミルフィオーレを殲滅しようとしたら、すべてを終わらせるまでランボくんとイーピンちゃんには会えないと思う。彼らを巻き込みたくないと思ったのは私、だ。だからこそ、自分から彼らを巻き込むようなことはしたくない。緊急事態になるまでは。




「……何もできないことなんてないよ。」



「だけど……!」



「ランボくんとイーピンちゃんがいるだけで私は頑張れちゃうんだからね。ね?」




、さん」


イーピンちゃんが私の名前を呼ぶ。二人とも、私の言葉に微笑んでくれた。だけど、ランボくんの瞳は少しだけ潤んでいる。私は二人に別れを告げて、歩き出した。これ以上二人の姿を見ていることはできなかった。伝えたほうが良かったのか。伝えない方が良かったのか。私にはその答えは分からない。



だけど、私は自分の身勝手な想いだけで、二人に事実を伝えなかった。




今はまだ、ミルフィオーレを攻めるには早い。本当は今すぐにでも攻めてやりたい気持ちもないことにはないけれど、慎重にいかなければ、ボンゴレを守ることは出来ない。瞳を閉じて、今まで話していた二人の顔を思い浮かべる。笑った二人の顔。私を呼ぶ声。絶対に忘れない。忘れたくない。






「……山本」



壁に背を預けた山本が、こちらを見る。いつの間に、そこにいたんだろうと疑問に思っていれば山本は「お前は間違ってないさ」と言った。あぁ、山本にランボくんとイーピンちゃんとの会話を聞かれていたのか。私は間違っていない。私はその山本の一言聞き、すべてが終わったとき、ランボくんとイーピンちゃんに真実を伝えようと、決めた。だから、そのときまで私は生きなければならない。どんな敵が相手であったとしても、私は負けない。みんなを守りたいと言う気持ちは、ミルフィオーレなんかに崩されるものではないから。

絶対に、ツナとの約束を守るよ。自分のこの覚悟を果たすために。




小さな仲間達

(でも、その存在は大きい)










(2008・05・17)