見知った番号を押せばプルル、と言う数回のコールのあとに聞こえてくる声。静かな夜の闇の中、俺にとって聞こえてくる音は、それだけだった。その音は、凛とし、はっきりとした音で、俺に安堵感をもたらす。


俺が知っている中で、一番安心できる声、だった。




「はい、もしもしですけど、」

「……かぁ?」

「あれスクアーロさんじゃないですか!久しぶりですね!」

「あぁ、そうだなぁ」

「それで今日はどうしました?また、ザンザスさんに苛められましたか?」

「う゛お゛ぉい、別に俺は苛められてなんかねぇぞ!!それもまたってなんだ、またって!」

「・・・・・・・冗談に決まってるじゃないですか。スクアーロさん、もう三十路超えてるんですからもう少し落ち着いたほうが良いと思いますよ?」

「(えぇぇ、なんで俺年下にこんな事言われてんだぁ・・・・?)」

「そう言えば、スクアーロさん今イタリアですか?」

「あぁ」

「あ、そうなんですか!私、今日本にいるんですよ。お土産何か買って行きましょうか?まりもとかで良いですかね?」

「別にいらねぇ(まりもって北海道の名産だろぉ?!)……それよりお前大丈夫なのかぁ?」

「え、何がですか?」

「沢田綱吉のことだぁ!」

「もしかして、そのこと心配してくれてわざわざ電話かけてきてくれたんですか?」

「・・・・・・お前、あのガキと仲が良かっただろぉ」

「あのガキって、ツナはボスですよ?そんな言い方は駄目でしょう」

「う゛お゛ぉい!今はそんなこと関係ねぇだろぉ!……、お前本当に大丈夫なのかぁ?」

「はい、大丈夫ですよ」

やけにあっさりと返ってきた声に俺は驚きを隠しきれない。


「・・・、本当なのかぁ?」

「こんなことで嘘ついてどうするんですか!私は本当に大丈夫です」

「だけどよぉ、」


「確かにツナが死んだというのは紛れもない事実ですけど、でも、ずっとそのことを引きずってもいられませんって。ボスが死んで、やらないといけないことはたくさんあるんですから」

「そう、かぁ」


だけど、大切な人が死んだんだ。本当はかなしいんじゃねぇか、という言葉は飲み込んだ。が、大丈夫と言うの名からきっと大丈夫なんだろう。その言葉に確証なんてない。だが、が言うんだから、と言う気持ちが俺の中にはあった。


「それにミルフィオーレのボンゴレ狩りもまだまだ止まりませんからね。スクアーロさんたちも気をつけて下さいよ」

「俺達にそんな心配いらねぇぞぉ!」

「いや、それは分かってますけど、用心に越したことはないでしょう。死んだら戻ってはこれないんですから」

「……それもそうだなぁ。あいつらにもしっかり言っておく」

「ザンザスさんとか、ベルに言ったら馬鹿にされそうですけどね。だけど、ちゃんと言っておいて下さいね。私は、もう誰も失いたくないですから」

「あぁ、分かってる」

「まぁ、そうなる前に私が助けてあげますよ」

「俺達はお前に助けてもらうほど弱くはねぇよ」

「あはは、ひどいですよスクアーロさん!でも……電話、ありがとうございます」

「別に。お前も気をつけろよぉ。日本でもボンゴレ狩りは行われてるんだからなぁ」

「返りうちにしてやりますよ」

「あぁ、その意気だ。じゃあ、また今度なぁ」

「はい!じゃあ、また今度」



ピッと電話を切れば、向こうから聞こえてくる音はなくなった。静かな部屋で、俺は前髪をかきあげる。思ったよりも、は強かった。本当は、俺はもしかしたらが、あいつの後を追っているんじゃないかと思っていた。マーモンが死んだとき、は泣いていた。だけど、すぐに立ち直って笑顔を振りまいていた。その笑顔が痛々しくて、今回も心配だった。それも、10年も一緒にいた奴を亡くしたんだ。の喪失感も、言葉では言い表せないほど大きいものだったんじゃないかと思っていた。



もしかしたら、電話にでないんじゃないかと思うと、の番号を押す手も、自然と震えていた。まぁ、そんな心配もいらぬ心配だったようだが。





「(あいつは、大丈夫だぁ)」




電話を置いて、先ほどの電話越しのの様子を思い出す。あの調子なら、本当に大丈夫なんだろう。から元気と言うわけでもなさそうだ。それに、復讐なんてくだらないことも、後を追うなんてくだらないことも考えてねぇみたいだ。良かった、とホッと息を吐けば俺は窓の外を見つめる。このイタリアの町でも、のいる日本でもボンゴレ狩りは行われている。


あいつが負ける気はさらさらしねぇ。だが、女だから、他の誰よりも狙われやすいのは確かだ。本来なら、俺だってこんな所にいないで、日本にいって助けてやりたいと思う。しかし、それは俺の役目じゃねぇし、俺には俺の仕事がある。それに、あいつが守られるのを求めていねぇ。






もう誰も失いたくないですから




はっきりと俺に言った声は、少しだけ震えていた。本人も多分それには気づいてなかっただろう。あいつは本当に誰かを失うことを恐れている。あいつはもう現にたくさんの人を失ってしまっている。沢田綱吉や、アルコバレーノの奴ら。それに、ボンゴレ狩りの被害者達。俺だって、と同じ気持ちだ。俺は、を失いたくない。それは、とかかわったことのある奴なら誰だって思っていることだろう。お願いだから無理だけはしないでくれよぉ。




俺は確かにお前に助けてもらうほど弱くないと、言った。だけど、本当はいつもお前に助けてもらっているんだ。俺だけじゃなく、ザンザスの野郎だって、ベルだって、他の奴らだって。口に出したりはしねぇけど、ヴァリアーの奴らはお前にいつも助けられている。そのことにザンザス達だって気づいているだろう。





もちろん、沢田綱吉の守護者達もそうだろう。はたくさんの人を助けている。死んだ沢田綱吉だって、助けられていたはずだ。





俺は10年前のあの日、死んだはずだった。死ぬのは今でも怖くねぇ。だが、俺が死んでが悲しむと思うと、俺は怖い。だから、俺はミルフィオーレが相手だろうと関係なく、戦う。あいつが誰かを失ってしまうのが怖い、と言うなら俺はこれ以上誰も失わせないようにしたい、と思う。10年前のあの日を再び、俺は繰り返しはしない。それは、絶対に、だ。もう二度とを泣かしたくは、ない。



「(そう言えば、はやることがいっぱいあると言っていたなぁ)」



ボスが死んだんだ。やることが一杯あるのは当たり前のことだ。そして、きっとその中にはミルフィオーレ壊滅も入っているんだろう。お願いだから、死なないで、傷の一つも負って欲しくない(これは、あいつを知っている奴なら全員思ってることなんだろう)(だが、あいつはマフィアと言う道を自分で選んだんだ)覚えておけ。お前が他の奴らを失うことを怖いと思うように、俺らもお前を失うのが怖いと言うことを。だから、簡単には死ぬんじゃねぇぞぉ。その言葉は、俺の胸の中で、くっきりと残っていた。









それが、俺達にとってのお前なんだ





(2008・04・03)