仕事の合間に訪れた喫茶店で、私はケーキと紅茶を頼む。もう、イタリア語で会話をするのにもなれた。さすがに咄嗟のことだと日本語がでてはしまうけれど、こうして日常生活をしていく上での私のイタリア語はなかなか流暢なものだと思う。これも、きっとリボーンの家庭教師のおかげだろう。少しだけツナと涙で教科書を濡らしながら勉強していた頃のことを思い出して、泣きそうになった。本当にあんなスパルタな勉強もう受けたくはない……なんて、受けたくても受けられなくなってしまったんだけど。


リボーンはもう、いないのだから。懐かしいだなんて、まるで過去のことのように扱ってしまったらリボーンは怒るだろうか。思わず漏れる笑みは自嘲的な笑み。骸さんの言うように私はリボーンを少しでも救えていたんだろうか。



「(少しでもリボーンを救う事が出来ていたのなら良かったのに、)」



運ばれてきた紅茶を口に含む。あぁ、本当にいつ来ても、ここの紅茶は美味しい。カラン、とドアの音が開く音がなり、自然と視線がそちらに行く。イタリア人にしても珍しい、銀色の髪の青年が入ってきた。それと同時に女性と言われる人たちは感嘆のため息を吐きながら、青年に視線を注ぐ。あぁ、どんまい青年。君はもうここの女性を虜にしてしまったみたいだよ。なんてどこか他人事で私はその青年を見ていた。確

かにその青年はかっこ良い。だけど、私はかっこ良い人なんて常日頃から見慣れているし、美形にはほぼ高い確率でまともな人種はいないと分かっているからその青年の事なんてどうでもよかった。ただ、一つ気になったのは、その青年の左目の下に、痣……ではないとは思うけれど、何かの印があることだけ。刺青か何かだろうか。とりあえず、あんな目立つ所にあんなものしてまともな人種じゃないんだろうな、と何となく感じた。




まともな人種ではない人に関わる気なんてさらさらない私は早くもその青年から意識を外し、目の前のケーキにだけ集中する。一口食べればその美味しさに、涙がでそうだ。これはツナにお土産として買っていかないと!……まぁ、ついでのついでぐらいに獄寺と山本の分も買っていってやろう。あ、なんて優しいんだろう私は!
 カタンッ 目の前の椅子が引かれ、私は不審に思い視線をあげて、椅子を引いた人物を見た。


自然と引きつる頬は、勘違いではない。



「相席良いかな?」



良くない、と言う言葉は飲み込んで、私は引きつったままの頬で無理やり笑顔をつくり「どうぞ」と言う。そしてあることに気づいた。ここはイタリアだ。何、私普通に日本語で話しちゃってるんだろう。それは、この目の前で微笑んでいる青年が、日本語で私に話しかけて来ただからなんだけど。周りを見渡せば空いている席はいくつもあるのに。周りの女性がまるで睨むかのように私の方を見ていることに気づき、咄嗟に私は目を逸らした。この喫茶店のウェイトレスまで睨んできていた。当分この喫茶店に来るのは控えようと思う。あの、うん、本当に、ね!(女の嫉妬ほど恐いものはないからね!)だけど、ここのケーキ美味しいのに当分来れないなんて、最悪だ。この目の前の男は一体何を考えているんだろう、と思い目の前の青年を見る。目があえば、ニッコリと微笑まれた。この笑顔を私は知ってる。この胡散臭い笑顔を。



「あの、私が日本人ってどうして、」

「う〜ん、なんとなくかな?」



なんとなくで、イタリアと言う街で日本語で話しかけてくる人なんて聞いた事ない(現に目の前にいるけど)まぁ、そこまで深く考えるのはやめておくことにする。このままこの青年と話していては私は喫茶店にいる全女性に殺される。私のせいじゃないのに、と嘆いたってここにいる人は誰一人聞いてやくれない



「ねぇ、僕、白蘭って言うんだけど君は?」


「(言いたくないなぁ・・・・でも、言わないと失礼だろうし、)です」



白蘭、とイタリアでは聞きなれない名前。白蘭さんは笑いながら漢字はこう書くんだ、と名前の漢字まで丁寧に教えてくれた。とりあえず、周りから見た時、この光景が微笑ましい光景に見えてないことを願う。いや、願った所でもう無駄なのかもしれない。だって、もうすでに周りの女性の視線は厳しい。きっと、私達が日本語で会話しているから尚更何を話しているのか気になっているんだろう「可愛い名前だね、チャン」・・・・・・白蘭サンの言葉に私は言葉を失った。可愛い、だなんて、ちょっと、本気で気持ち悪いんですけど……!




「な、な、何言ってるんですか?!かわいいって!き、き、気持ち悪っ!!」


「えー、本当のことを言っただけだよ?」




再び笑みを深くする白蘭さん。あぁぁぁ、ちょっと鳥肌なんですけどぉぉぉ?!な、何、この人も電波系の人なんですか?!いや、確かに、両親からもらった大切な名前だけど、名前に可愛いもくそもないだろ!!「もちろん、顔も可愛いと思うけどね」ゾクゾク、と背中に寒いものがくる。こんな思いするの、1週間ぐらい前に雲雀さんがお土産と言って、ケーキをくれた時以来だ(雲雀さんがお土産なんて珍しい!)(次の日は任務があったのに、雨がふったし!)



「可愛くないですから、可愛くないですから、あの、本当気持ち悪いことは言わないで下さい!」

「あはは、そこまで自分で自分を否定する子は珍しいね!」

「(笑い事じゃないから!)」

「それで、チャンは観光?それとも、こっちでお仕事してるの?」



急に話の変わる白蘭さんにどんどん私はペースを崩される。はぁ、とため息をつく間さえくれない白蘭さんはつわものだと思う。



「仕事ですよ」


「あ、そうなんだ。観光だったら、僕が案内してあげようって思ったんだけどな。それで、何のお仕事してるの?」



マフィア、だなんてさすがに言えるわけがない。私は、白蘭さんの目をみてはっきりと「大学の方で日本語の教師をしてるんです」と言って述べた。はっきり言って嘘だ。だけど、これが嘘だと白蘭さんに気づかれてはならない。仲間以外にがマフィアだと言う事はバレてはいけないことなのだ(敵マフィアなら良いかもしれないけど)(でも知られていないほうが色々と都合が良い)
目の前の白蘭さんは胡散臭い笑顔と言い、少しでも気を抜いてしまえばきっとすぐに気づかれてしまうことだろう。相手が何者かは分からないけど、それだけは分かる。



「へぇ。凄いねー!」


「白蘭さんは、何の仕事をしてるんですか?」



「僕はね、秘密」



人に聞いておいて、秘密かよ!と思わず心の中でツッコミ。でもニッコリと笑う白蘭さんからこれ以上聞いたとしても何も答えてくれないだろう、と言うことはなんとなく察した。まったく、やはり胡散臭い人だ。それに、目の下にある模様がやっぱり気になって仕方がない。こんなのがあったら雇ってくれる会社なんてそうそうないだろうに。

いや、こんな平日の3時くらいにウロウロできる仕事なんてあるんだろうか……とりあえず、白蘭さんが勤める会社が今日がお休みということにしておこう。さすがに、無職には見えないから。いや、どこかで仕事をしているような人にも見えないと言ったら見えないんだけど。プルル、と機械音がその場に響く。その音はどうやら白蘭さんのポケットから聞こえてきたらしい。ポケットから携帯を取り出すと白蘭さんは通話ボタンを押し、それはそれは楽しそうに微笑みながら「だって、仕事したくなかったんだもん」と電話の相手に向っていって述べた。



電話の相手に覚えるのは同情。そして、白蘭さんに対しては仕事をしていたんだ、と安心。だけど、仕事をしたくなかったで、仕事を投げ出せる白蘭さんは何者なんだろう。



「(かなり上の立場の人なのかな・・・・・・部下の人かわいそう)」


「分かったよ、正チャン。もう仕事戻るから、あんまりガミガミ言わないでよ。カルシウム足りてないんじゃないの?」



本当に部下の人がかわいそうでたまらない。そして、分かった事は部下の人も日本語ができるんだ、と言うことだけ。ショウチャン、と呼ばれた人物が救われる日をひっそりと願った。そのショウチャンも、こんな見ず知らずの女にそんな事願われて迷惑この上ないとは思うけれど。白蘭さんは電話が終わったのか、こちらを向くと「ごめんね、仕事が入っちゃったみたい」と困ったように笑いながら言った。別に、貴方と約束した覚えはないんだけど。その言葉は私の優しさで飲み込んでおく。うん、私って優しい。




「じゃあ、またね。チャン」




席を立ち、白蘭さんはまたニッコリと微笑むと踵を返して喫茶店から出て行ってしまった。いつの間にか、テーブルの上にあったレシートはない。あぁ、白蘭さんが払ってくれたんだ、と気づいたのは白蘭さんが喫茶店の窓から見えなくなったときだった。またね、の一言に何かしら嫌な予感がよぎったけど、私は当分この喫茶店には来ない(いや、来れないと言った方が正しい)(女性の視線がまだ痛い)きっと、もう彼に会うことなんてないだろう。多分。


それに、会いたくないと言うのが本音だ。最後に笑っていた顔。他の人にはそれはかっこ良い青年の微笑みに見えたことだと思うけれど、私は気づいてしまった。彼の瞳が笑っていないことに。少しだけ、恐かった。







****




真っ白な部屋の中に一人の男とその男の部下の男がいた。男の部下である眼鏡をかけた、まだ少年と言っても良いんじゃないかというぐらい幼さを残した少年は上司である部下を怒鳴りつける。だが、男はそんな事気にもせず、目の前にある一つのマシュマロを手に取った「それで、どこに行ってたんですか」と、自分の言う事を聞きもしない上司に怒鳴りつけることをやめ、ため息交じりでといた。その問いに上司である男は手にしたマシュマロを口の中に含み、ニッコリと笑いながら「に会って来たんだ」とそれはそれは愉快そうに言った。



その一言に、僅かに部下である男の眉が寄る。しかし、部下である男はその事に自分でも気付かない。気づいたのは彼の顔を見ていた上司である男だけ。




チャンって面白い子だったよ。興味が湧いた」


「・・・・・・そうですか。でも、興味が湧いたとは言っても所詮はボンゴレです。敵なんですよ」


「分かってるよ。だけど、うちに欲しいな」




嬉しそうに言う上司にこれが冗談ではないことを部下である男は悟ってしまった「まさか、僕がミルフィオーレのボスなんて彼女は気づいてないんだろうな」部下である男は自分の持っていた書類に視線を落とす。、と書かれた書類。それはほんの数日前、街で出会った女だ。部下である男はあの時は自分だって彼女がマフィアだなんて思いもしなかった。もちろん、向こうも自分がマフィアだとは思いもしないだろう。しかし、部下である男の頭からマフィアにしては純粋な笑顔が離れる事はない。上司である男の視線が、書類を見て少しだけ表情の曇っている部下の男に注がれる。




「無知とは時に
悲劇を招くね」





そうは思わない、正チャン?と微笑みながら紡がれた言葉は、自分が敵のマフィアのボスと言うことを知らずに微笑んでいたに言ったのか、それとも目の前で立ち尽くす部下である入江正一に言ったのか、それはその言葉を紡いだ白蘭にしかわからなかった。










(2008・03・20)