その夢はとても鮮明で、とても儚くて、
そして、とても残酷な夢だった。
夜も明けきれぬ朝の目覚めは最悪だった。頭を抱えて、手を顔にやり、嗚咽を零す。どうして、なんていってもその答えをくれる者なんて誰一人いなかった。
嫌だ、いかないで、と手を伸ばしてもあの人は私に背を向けて行ってしまう。遠い、私の手なんて届かない場所へと。連れて行って、と願っても彼は困ったように笑い首をふるだけ。だから、私はそれ以上彼を困らせたくなくていつも伸ばした手を戻してしまう。
段々と離れて行く背中に最後は行かないでという言葉さえ吐くことができなくて、ただ私は彼の名前を呼んで彼が止まってこちらに戻ってくることを乞うことしかできない。
でも、彼はこちらを振り返ることなんてせずに私の声に立ち止まってくれることもなく、最後は光の中へと消えていく。まるで、私のいるこの場所が闇の中心のように真っ暗なところに対して彼は光の中へと姿を消す。
「ツナ、」
涙は流さない。いや、流してはいけない。これは私の覚悟だから。あの場所で泣くのが最後と私は決めた。でも、名前を呼ぶのだけは許して欲しい。
戻ってはこないと分かっていても、君には私の声なんて聞こえないと分かっていても無意識のうちに私は君の名前を呼んでしまう。もしかしたらこの声が、君に届くかもしれないと夢みたいな淡い期待を胸に抱いていつの間にか呟いてしまう。
大切な、大切な仲間の名前。いつも呼んでいた、もう帰っては来ない君の名前。
「ツナッ……ツ、ナ」
私は獄寺にごめん、と言ってもらえるような人間じゃない。スクアーロさんや、ランボくんやイーピンちゃんに心配してもらえるよな人間じゃない。雲雀さんに守ると啖呵をきったくせに本当はそんなことできる人間でもない。
何も出来ない、何かをしてもらえるような人間ではない。
本当は臆病で、今だって、恐くてたまらないし、もしかしたら、私は逃げ出したくてたまらないのかもしれない。体が震えてくるのもとめることができずに、ただ自分を抱きしめてその震えが収まるのをまつことしかできない。
だけど、逃げ出したくはない。どんなに体が震えようとも、心が恐怖で満たされようとも。あの約束だけは守りたかった。
ツナ
君のことだからどこかで絶対に私のことを見守ってるんだろう。もちろん私だけじゃなくて、このボンゴレの皆を。部下の一人ひとりを見守っているに違いない。でも、私にだけは見守るなんて生ぬるいことしないで欲しい。
見守るくらいなら私を、見張って。私がこの覚悟から逃げ出さないように。あの約束を最後まで守れ切れるように。
時計に視線をやり、時間を確認する。時刻はもう朝日が昇っているであろう時刻で私は良かった、と安堵の息をついた。
夜は嫌い、だった。嫌な夢ばかり見てしまう。そして、夢の結末はいつもかわることなく私を苦しめる。せめて夢だけでも幸せな夢を見せて欲しいとは思ったこともあったけれど、今はそんなことも思わなくなっていた。目が覚めたあと、落胆することも私は嫌だった。
行かないで、と言う言葉は届かない。
それでも私を見る笑顔だけはいつも優しい。
私は起き上がると、いつものように歯を磨き服を着替える。今日は、山本から聞いた話を確認しにいかなければならない。この並盛にもついにミルフィオーレが、来てしまった。それはただの噂だけど、確認しないわけにはいかない。それに、この街には私の大切な人たちがたくさんいる。守らないといけない。そうだ、守らないと。
「私は大丈夫」
改めて言葉を口にして、私はドアをあけた。まだ早い時間のそこには誰一人としていない。静かな廊下を一人で淡々と歩いていけば、すぐに食堂が目に入った。あまり食欲はないけれど、でも食べないと回りにまた心配をかけてしまうと思うと食べないわけにはいかない。
そう思いながら誰もいないであろう食堂へと足を踏み入れれば私の予想に反し、そこには山本がいた。
「あ、もう起きたのか?」
「うん。今日はちょっと外に出てあのこと調べておこうと思って」
そういいながら私は冷蔵庫から適当にジャムを取り出して、パンを手に取る。そして、二人分の紅茶の準備をして私は席についた。ただ座っていた山本の目の前に紅茶を置く。
「おっ、サンキュ」
「どういたしまして。山本は何か食べないの?」
「あぁ、ちょっと、な」
「そう」
目の前においたトーストにイチゴジャムをとりつけ、口に含む。そして、山本の言葉をそれいじょう言及することはしなかった。山本にだって朝食をとらない日だってあるだろう。それに山本はちきんと私とは違って自己管理できているし、ちゃんと食べないと他の人たちが自分を心配することを分かっているから無理をすることもしない。
たまたま今日は山本が朝食を食べたくない日なのだ、と言い聞かせながら私は自分の食事に集中した。
食事をすまして、紅茶を一口飲む。既に冷め切ってはいたものの、まずくなっているわけではなかった。そして、視線を動かして山本を見る。目の下に見えるくま。もしかしたら彼は朝食を食べないと言うことじゃなくて、寝ていないのかもしれない。
「なぁ、」
声をかけられ、私の視線と山本の視線が交わった。
「気をつけろよ」
彼が言っているのは今日私がしようとしている調査のことだ。本当にミルフィオーレが並盛にいるとしたら私は大分危険なことをしようとしていることになる。もちろん、私の素性が向こうにバレていないと願いたいけれど、相手はミルフィオーレ。もう幹部の名前や写真は入手されているだろう。
だけど、危険だからと言っても、これは誰かがしなければならないこと。なら、私がやる。他の人を危険な目にあわせるくらいなら、私が危険な目にあうことくらいどうってことない。
こんなこと思っているなんてツナに知られたら怒られてしまうだろうけど、これ以上大切なものをなくしたくないと思う私の気持ちを分かってほしい。
「もちろん。私は大丈夫だよ」
「…俺も、手伝おうか?」
「まさか。そんな目の下にくまのある人に手伝ってもらうほど大変な仕事じゃない。」
そう言いながら私は立ち上がる。皿とカップを持って、食器洗い機にいれる。後は誰かがやってくれるだろうと、淡い期待を持ちながら食堂の出口に向かう。
「そのクマがとれてから、手伝ってもらうよ」
「はは、悪ぃな」
「悪いと思うならさっさと寝て。じゃあ、いってきます」
笑いながら片手をあげれば、山本も笑顔をつくりながら「あぁ、いってらっしゃい」と言葉をかえしてくれた。さぁ、さっさと調査を終わらして、他の仕事も終わらせないと、と自分の頭の中で調査が終わった後の仕事の段取りを決めていく。
外にでるついでに、ケーキなんかも買って帰れば、他の人も喜んでくれるに違いない。疲れたときには甘いものというし、今のボンゴレには少しくらいの休息も必要だと思うから。
(2008・10・03)
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