あいつとの約束の時間はとっくにすぎていた。
しかし、未だにこの部屋には誰一人としてやってくる気配はない。さすがの俺もここまで待たされては大人しくしていられるわけがなかった。いや、むしろこの俺がここまで待ってやったという方がほめられるべきところじゃないだろうか?
小十郎が知ったら間違いなく泣いて「政宗様が!!」なんて喜びそうだ……まぁ、そんなことは今はさておき(というか、小十郎俺に失礼じゃねぇか?)
この俺がわざわざ奥州からきてやったというのに、俺を待たせてまったくあいつはどこで!なにを!しているんだ。
があまりに世の中のことに対して知らない。それが心配で心配で仕方がないらしい武田のおっさんのせいで行われることになったあいつに対しての勉強会。確かにあいつは無知すぎて、いつどこの誰かにやられてもおかしくねぇくらいの危機感のなさの持ち主だ。それに少しは理解しているようだが、自分がどれだけ厄介な立場にいるのかもよく分かっていないんだろう。
巷じゃ武田のおっさんの養女なんて噂されてると知ったら間違いなく叫ぶな。
(まぁ、だからってあまり動じることはなさそうだが)
トントン、と静かな室内に俺の指が机を鳴らす音だけが響く。開いた障子の向こうに見える太陽は先ほどよりもわずかに傾いているようにも見えた。
あー、もう我慢できねぇ。
「俺を待たせるとは良い度胸だ!」
乱暴に障子を開けて出ていく。その後ろで小十郎が「政宗様、まだそこまで待たれてませんが」と小さい声で呟いたが、小十郎。この俺にしたら、むしろ十分待ったほうだぜ。
***
「痛い、痛いです!」
「っるせぇ!人を待たせておいて呑気に寝てやがって」
「いやいや、待たせたってまだ約束の時間をちょっとすぎたくらいじゃないですか!!」
「時間前行動は当たり前のことだろうが」
「集団行動の鉄則か!というか、伊達さんにそんなこと言われたくなかったです!」
伊達さんにおもいっきり耳を引っ張られながら廊下を進む。本当にここの人たちは私を女の子扱いする気が毛頭ないらしい。 すれ違う女中さんからはクスクスと笑われ私は恥ずかしさで今なら死ねる、と本気で思った。
しかし、相手は伊達さんであり、私の思いも、その場の空気も何一つ読んではくれずに結局私の耳を引っ張る形で用意された部屋へと連れていく。
あぁ、小十郎さん。甘やかすばかりじゃ駄目だったと思います。実際、小十郎さんが甘やかして育てたか、そうじゃないかなんて知らないがこんな伊達さんをみればそう思ってしまうのも仕方がないだろう。
とはいえ、小十郎さんも苦労している人なんで伊達さんを甘やかさないでくださいなんて言える日は一生こないに違いない。小十郎さんが、年の割に老けて見えてしまう気がするのも間違いなく伊達さんが迷惑をかけすぎているせいだと思うから。
確かに伊達さんとの約束を忘れて寝ていた私も悪い。伊達さんに責められたって仕方ないことは分かっている。
……でも、この扱いはないんじゃないかな?耳を引っ張るなんて、さ。
数日前に幸村さんが開いてくれた勉強会。それを今日は伊達さんが開いてくれる、と聞いた。 遠慮しますと遠まわしに伝えたもののニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる伊達さんに即座に却下されてしまい、結局勉強会をしてもらうことになった。もちろん初めからサボろうだなんて意志があったわけじゃない。ただ、ただ今日はいつも以上に日差しがぽかぽかとしていて昼食を食べたあとに縁側にいたらついうとうととしてしまっただけなのだ。
たぶん、私でなくてもきっとほかの誰であっても寝こけていただろう。
(相手が伊達さんってことでサボっても良いかなって思わなかったこともないけど、)
でも、それは言わない方が身の為のようなので私は思ったことを口にすることはせずに謝罪の言葉を口にした。
こんなにガミガミと怒鳴っている伊達さんに対して火に油を注ぐようなことはしたくない。
部屋へと押し込まれ(まったく女の子に対しての反応じゃなかった!)正座を強制される。目の前では立ったまま伊達さんがあーだこーだ、説教をたれていた。ちょっと遅れた具合で、と思っていたのが顔にでてしまったのか、さらにガミガミ言われてしまったのでなるべく申し訳ない表情をつくりあげて、私は大人しく伊達さんの話を聞く。
実際は心の中は既に心ここにあらずな状態でまったくといって良いほど伊達さんの話は聞いてなかったんだけど、私はなかなか演技派だったらしく気づいた時は伊達さんの説教はおわっていた。 私、主演(これは無理だな)助演女優賞とれるかもしれない。いや、この世界にそんなものはないけども。
だいぶ怒りがおさまったらしい伊達さんが、腰をおろして座ったのを見計らって私はやっとのことで伊達さんに声をかけた。
「あの、伊達さんは今日は何を教えてくれるんでしょうか?」
「あ゛ぁ?」
私の質問に伊達さんが顔をあげてこちらをみる。あんたはやくざか!とは思ったものの、この世界にはやくざがいるかどうかなんて分からないので何も言わずに黙っておいた。
「Ha〜?んなもん決まってるだろうが」
「決まってるんですか?」
「あぁ、もちろん。英語だ」
ドヤ顔で言いきったこの人!
「あぁ、英語って……は?」
「だから英語だ」
思わず確かに伊達さんだったら英語の勉強会かな、なんて思って流してしまいそうになったがいやいや、ちょっと待て待て。
伊達さんは当たり前かのように言い切っているが、そこはちょっと考えてもらいたい。現在とは違い、この世界では英語なんてもの流通していない。ほとんどの人は日本語を話すし、英語を話している人は数えるばかりである。そんな中で英語をならってどうしようと言うのだ。
もちろん、こんな未知の世界で日本からでるなんて考えたこともなかったし、英語を教えてくれるくらいだったら、ここで使われている言葉を教えてもらいたいよ、私は。
「英語って、はなせてもここじゃ伊達さんにしか通じないじゃないですか」
「九州にはザビー教なんてもんがあるがそこの奴らは英語を話せるらしいぜ?」
「生憎あの人とは一生会わない予定なので」
一回だけあったことがあるが、私には生理的に受け付けられなかった。ザビー教を信じて元の世界に帰られるならまだしも、そんな確証もない。というか、無理矢理入信させられそうになってトラウマができてしまっただけなのだが、あれ(既にもの扱い)と交流ように英語を覚えるだなんて絶対に無理である。
そんなことに使うくらいなら、もっと有効なことに限りある脳を使ってやりたい。
「おいおいそんな顔をするなよ。ただのジョークだ、ジョーク」
「全然冗談に聞こえなかったんですけど」
「そうか?」
しっかし、そいつも嫌われたもんだなぁ、と伊達さんがニヤっと笑みをうかべて笑う(たいがいこの人の笑いはこんな感じだ)
「まぁ、でも英語を学べば俺とも交流ができるじゃねぇか」
「えぇー、それはどちらかと言えばご遠慮したいんですけど」
「おまえ其れを本人の前で言うか」
そう言われても、どちらかと言えば伊達さんは厄介ことを自ら引き起こすような人なので積極的に交流したいとは思えないんだよなぁ。
この前、嫌な笑みを浮かべていると思ったら無理矢理今にも暴れ出しそうな馬に乗せられた記憶を私は一生忘れることはできないだろう。引っ張りすぎだ、とか。何回も謝っただろ。とは言われても、あれは謝ったからと許される問題じゃない。一瞬ではあったけれど死ぬかと思ったんだ。 あの後ほんのわずかに前髪の落ちた小十郎さんが伊達さんをぎったぎたにしてくれたから、一応無視はしないでおこうと思った。あんな体験一回でも十分すぎるくらいである(あの時の小十郎さんは完全にやくざだった)
「ったく、このお姫様はワガママだな」
「気持ち悪い呼び方しないでください」
「A?お姫様か?」
「次言ったら、伊達さんの眼帯に落書きしてやりますよ」
「(こいつのことだから本気にやりそうだな)」
私の言葉に伊達さんが深く息を吐く。
「……もしかしたら小十郎とも、今まで以上に仲良くなれるかもしれないぜ?」
ぼそっとはかれた言葉に私は思った以上に飛びついていた。きっと伊達さんもこの一言がこんなに力があるとは思ってなかったんだろう一瞬だけ目を丸くして驚いた様子でこちらをみている。
しかし、そんな表情も本当に一瞬だけですぐに眉をよせて、頬をひくつかせた。
「おまえこっちには食いつくのか!」
なんと言われようとも私の中では小十郎さん>伊達さんである。お母さんというかお父さんみたいに感じてしまう小十郎さんと仲良くできるなんて、そんな嬉しすぎることはない。 そりゃ、出会った当初はあの顔であの声。正直こわかったさ!でも、慣れた今となっては本当に良い人だってことは分かっている。それに小十郎さんの作った野菜は本当においしくて、料理だってうまい。
「小十郎さんと伊達さんだったら、まぁ、その聞かなくても分かってくれますよね」
「くっ……!」
忌々しそうな表情を浮かべる伊達さん。けれど、そんな表情をされてもこちらにも譲れないものがある。
伊達さんは悔しそうにしながらも、視線をそらしてはぁと息をはき、髪の毛を右手でぐしゃぐしゃとかいた。
「じゃあ、どうやったらおまえは俺に懐くんだ?」
少しだけ考えて、私ははっきりと言った。
「え、ないです。そんなこと今後絶対ありえないです」
ごんっ!
先ほどの仕返しに、と冗談で紡いだ一言に伊達さんは間髪をいれず思い切り私の頭にげんこつをおとした。
ひどい!ちょっとした冗談だったのに!
事実こんなことを言いつつも、結局私は伊達さんのことは嫌いではない。本当は優しいことだって知っているし、部下の人から慕われていることも知っている。いつもこちらに来る時にお土産と称して、色々持ってきてくれていることだって食べているのは主に私(と幸村さん)なのだから知らないわけがないのに。
もしかしなくても既に結構伊達さんに慣れている、伊達さん風に言うとそれなりに懐いていると思うのだが、彼の様子も見る限りどうもそれには気づいていないらしい。
さすがに慣れていない人にこうもはっきりとものは言わない。私にもそれぐらいの常識ぐらいはある。
「てめぇ、覚えておけよ」
まるで悪徳業者のような表情をうかべた伊達さんに私は悪寒を覚える。冗談はもっと時と場所と場合を良く考えて言うべきなんだと私は身をもって思い知ったのだった。
勘弁してください。
(2011・12・18)
久しぶりに更新出来たのが本編にまだ出てきていないDてMさむね氏で申し訳ないです。本編でも早く書いてやりたい………!
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