私は10年前とは違い、あの人の部下ではない……そう今はツナの直属の部下であるはずなのに、この目の前にある書類の山はなんだろうか。
書類の一枚一枚には並盛風紀財団だなんてご丁寧に書かれてあり、ツナの部下である私が処理すべきなのはボンゴレの書類だけだなのにも、関わらず私はなくなくこの目の前にたくさん積み上げられた書類を片付けている。
風紀財団の、仕事場の一室に何故か設けられた私専用の机。何故。
(私、雲雀さんの部下じゃないよね……?)
自分自身に問いかける。しかし、よくよく考えても私は雲雀さんの部下ではなく、ツナの部下であるという結論にしかいたらない。なのに、なのに、私はこの書類を片付けていくことしかできやしない。
恨みがましい視線をその場にいたほかの人たちに向けるけども、その場にいたリーゼント集団からはサッと目を逸らされた。あまりに酷い仕打ちじゃないだろうか。あんた達が書類を片付けるのが遅いから私にまで仕事が回ってきていると言うのに。もちろんこの人たちを責めたって意味はないし、根源を辿れば雲雀さんのせいであるということは分かっている。それでも責めたくなるのは仕方がない話だ。
自分でも褒めたくなるような勢いでどんどん目の前にある書類の山を減らしていく。
おい、そこの元風紀委員。私の仕事ぶりが素晴らしいのは分かる。だけど、私の仕事を見る前に自分の机の上にある書類の山を減らせ。
そう思いながら、あともう少しというところでガチャリ、とドアが開く音がした。視線だけをそちらへとやれば、ドアをあけたままこちらを見ながら目を見開いている草壁さんの姿が。
「……また、委員長か」
「はい」
草壁さんが中にはいってきながら私に問う。そんな草壁さんに中にいた数人の人たちが挨拶の言葉を口にしていた。草壁さんはゆっくりと自分の席、つまりは私の横にある席に着くと「すまない」と本当に申し訳なさそうに言った。私としては悪いのは草壁さんではなく雲雀さんである。
なのに、草壁さんは毎回私の申し訳なさそうに謝ってくれる。なんだか、私のほうが申し訳ない気持ちになってしまうのは致し方ない話だろう。
「別に毎回言ってますけど草壁さんのせいじゃないですから」
苦笑まじりに言えば、「いや、恭さんをとめれない俺にも責任がある」と返される。雲雀さんをとめれる人なんてこの世にいるかどうかが甚だ怪しいところであるが(あ、リボーンがいるか……あと、微妙にディーノさん?)そう言われては何も言い返す言葉はない。
でも、草壁さんは絶対に悪くはない。
最後の一枚の書類に思いっきり判子を叩きつけ少しでもストレスを発散させようとしたが、そんなことで雲雀さんから与えられるストレスが軽減されるわけもなく私は立ち上がり今終わらせた書類をてにした。紙とは言ってもそれなりの量があると中々重い。でも、雲雀さんから終わったら持ってくる様に言われていたから、持っていっておかなければ私の明日はない。
つくづく10年前から変わらず、私は雲雀さんの良いパシリとなっている気がする。
まぁ、逆らえない私にも問題があるのかもしれないが10年前から植えつけられた恐怖心というのはなかなか拭えるものじゃない。10年経った今だって、トンファーでいつ殴られるかとヒヤヒヤしてしまうときもある。
「じゃあ、ちょっと書類持って行って来ますね」
「あぁ…俺も手伝うか?」
「いや、大丈夫ですよ…それに群れてたら何されるか分かりませんから」
ボソッと呟いた言葉に草壁さんもそれもそうだな、と言いながら眉を潜める。若干その額に冷や汗が見えるのは私の見間違いか何かだろうか(多分……絶対、見間違いではない)
書類を抱えたまま部屋をでて、すぐとは言わないけれど近くにある雲雀さんの書斎の扉をノックする。返ってきた声をちゃんと聞き、私は扉をあけた。
「雲雀さん、終わりましたよ」
「そこにおいておいて」
たった一言なのか。部下ではない人間をこき使っておいて、たった一言で済ませる気なのかこの人は。
しかし、これが雲雀恭弥という人間であって逆に労いの言葉やお礼をの言葉を口にされたほうが驚きであるというか、気持ちが悪い。
私は書類の山を雲雀さんに言われたとおりすぐ近くのテーブルの上へと置き、これ以上仕事を押し付けられる前に、とそそくさとその場を後にしようとしたのだけどそれが叶うことはなかった。雲雀さんが私が入ってきたときには一瞥もしなかったのにも関わらず、書類を置き顔をあげれば雲雀さんとばっちり目があってしまった。
雲雀さんと目があうなんて、恐いという次元を超えている。
「、コーヒー」
「……はい」
あの目で睨まれながら(本人は睨んでいるつもりはないかもしれないが、あの目つきの悪いさからは睨まれているようにしか見えない)(要するに恐い)言われれば逆らえるわけもなく、私はしぶしぶコーヒーを淹れにいく。
ついでに、自分の紅茶も淹れた。雲雀さんの部屋に常備されたマグカップ。紅茶なら、コーヒーカップに淹れるべきなのかもしれないけれど、雲雀さんが定期的に買って来てくれるマグカップを私は愛用している。
一番初めにプレゼントされたのは10年前だった。応接室には似合わないマグカップ。それが凄く嬉しかったのは、今でも覚えている。あの雲雀さんからのプレゼントは、まさかという思いも強かったけれど嬉しい気持ちのほうがはるかに大きいものだった。当たり前のように置かれているマグカップ。
まるで私が、雲雀さんの傍にいても良いと言ってもらえているようで、安心する。
だからなんだろうか。なんだかんだいって私が雲雀さんに任された書類を確かに文句をいったりはするものの素直に受け取ってしまうのは。雲雀さんは信頼する人にしか仕事を任せることをしないから、私も信頼されているんじゃないかと思ってしまう。
雲雀さんの机の上に淹れたばかりのコーヒーを置く。僅かに顔をあげ、彼は筆を止めた。最近、部屋に篭るような仕事ばかり。そろそろ外で暴れたくて仕方ないんだろう。
「…悪いね」
「いーえ」
傍にあるソファーへと腰掛け、まだ暖かい紅茶を一口飲んだ。いつからだろうか。彼が私の好きな茶葉を、置いてくれるようになったのは。まだ応接室で仕事をしていた時のような気がする。一度も、この茶葉が好きと雲雀さんに話したことはなかったのに、いつの間にか私の一番好きな茶葉がおかれるようになっていた。
砂糖もミルクも、コーヒーをブラックで飲む彼には必要のないものも常備されるようになった。
「雲雀さんはコーヒーは砂糖もミルクも使いませんよね」
「……今更何言ってるの?」
「いや、ただそうだなって思っただけですよ」
「その質問、10年前にもしたよね」
雲雀さんは記憶力がかなりよいらしい。確かに私はこの質問をずっと前にした。10年前、応接室におかれていたミルクと砂糖を見て緩みそうになる頬をなんとか押さえて今のように雲雀さんの前にコーヒーを置いた時に勇気をだして聞いた。
彼はあの時なんて答えただろうか。記憶を遡ってみるものの中々思い出せない。
「僕は使わないけど、誰かさんは使うだろう?」
「あっ」
「10年前はこう答えたよ。今も答えは変わらない。僕は使わないけど、誰かさんには必要みたいだからね。置いてあげてるんだよ」
口端をあげて微笑む雲雀さんはいつものような嫌な笑みではない。10年前その言葉はまるで私のために、と言われている様で気恥ずかしくもあったけれど嬉しくもあった。今も、同じ気持ちだ。置いてあげている、という上から目線は雲雀さんらしいが10年間も変わらず私のために置いてくれていると思うと、嬉しくてたまらない。
だって、まるでこれからも私が傍にいても良いといってもらえているようだ。
「これからも置いておいてあげるよ。誰かさんは砂糖とミルクがないと困るお子様みたいだからね」
「ちょっとそれどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
クスっと笑う雲雀さんに釣られて私も笑った。こんな風に笑いあえる日がくるなんて、とてもじゃないけど思えなかったのに。
紅茶をすべて飲み終わった私は雲雀さんに「ちょっと出かけてきますね」と言って部屋を出た。雲雀さんからは「あぁ」という返事だけだったけれど、これはいつもとかわらない。
書類の山にうまれている雲雀さんを一瞥し、いつもの喫茶店へ行こうと思い立った。疲れた時は甘いもの。これは最近の私の口癖になっているような気がするが(10年前も同じ事を言っていた覚えがあるけれど)雲雀さんにも、ツナにも、他の人たちにもケーキでも買って帰ろう。喜んでもらえればよいのに、と思いながら私は外への一歩を踏み出した。
過去も、今も、これからも
(2008・12・26)
そして舞台は悲しみの花へ。 リクエストが悲しみの花の序章でほのぼの日常ということなので、こんな感じにさせていただきました…!
感想が原動力になります!→ 拍手
|