ぬくぬくとした炬燵に、テーブルの上にはみかんが数個。外の寒さを先ほどまで肌で実感していた私にとってその場所はまるで天国のような場所だった。
そして、運ばれてくるおなべ。
ぐつぐつと煮込まれたそれはみかんを端っこによせ、ちょうど机の真ん中に置かれた。私は視線をあげて、このなべを持ってきた人物を見上げる。黒いエプロンをした千種くんは室内にいるからか、いつもかぶっている帽子もかぶっておらず、私の視線に気づくと首をかしげた。

千種くんはあまりしゃべることはないけれど仕草でなんとなく何を言いたいのかは分かる。その仕草があまりに可愛くて私は思わず笑ってしまった。



「…何?」
「いや、なんもないよー。ほら、早く食べちゃおうよ」



目の前に置かれたおなべはかなりの食べ頃で、適度にお腹のすいていた私にとってはもう食べたくてたまらない代物だった。
それに、このおなべは千種くんのお手製で美味しいということはもう分かりきったこと。

千種くんが箸や受け皿を私の目の前においてくるのを横目に、私はなべのなかを凝視していた。けれど、千種くんは私の言葉にうなづくことはなく準備しながらも口を開いた。



「駄目だよ、。骸様たちが帰ってくるまで待ってないと」
「えぇー、無理」

「……無理じゃないから」



今日は久々に千種くんたちの家にお呼ばれした。夕食を一緒に食べようと言われた時は何事かと思ったが千種くんが普段のお礼にと言うことで、普段私のほうが愚痴をこぼして千種くんに助けられているのに、とは思いながらも千種くんの作るご飯の誘惑には勝てなかった(千種くんの作る料理は神だよ……!)
しかし今日ちゃんと約束の時間通りに来たというのに、骸さんと犬くんは少し用事で出かけているらしい。
犬くんを待つことに対しては抵抗なんて一切ないけれど骸さんをわざわざ待ってあげていると思うとなんだかムカつく。それに目の前に千種くんの料理を置かれて、これはある種の拷問か何かなんだろうか。


「早く帰って来ないかな……ねぇ、千種くん」
「もうすぐ帰ってくるよ」


そういわれて千種くんと一緒に待つけれど、こういうときに限って時間がたつのが遅く感じる。そもそも料理というのはそりゃ、種類にもよるけれど大体の料理は出来立てが一番美味しいものだと決まっている。
まったく、それなのに骸さんと犬くんは。帰ってきたら、一発(もちろん骸さんだけに)お見舞いしてやろうと思いながらなべをみつめていたら、千種くんがハァとため息を吐いた。
え、私ため息吐かれるようなことしてないよね?ちょっと酷くない千種くん?となべからの視線を千種くんにかえ、千種くんを恨みがましい瞳で見つめた。



「千種くん、ため息つくとか酷くない?」



私が言えば、千種くんは立ち上がるとキッチンのほうへと戻っていった。一体どうしたんだろうとキッチンのほうに視線をやれども、自分が座っている位置からは良く見えない。椅子にかけられた千種くんの黒いエプロンが見えるだけだ。

戻ってきた千種くんの右手にはおたまがあった。どうやらおたまをとりに言っていたらしい。そして再び先ほどの私の向かいに腰を下ろすとなべのふたをあけた。
その瞬間におもいっきり湯気があがり、うわ、と思わず声をもらしてしまう。千種くんはそんな私の様子なんて一切気にした様子なく「受け皿かして」と言われ、私は自分の目の前におかれていた受け皿を千種くんに渡した。千種くんがおたまからすくい取ったなべの具を私の受け皿へといれていく。
さっきは骸さん達を待ってないと、と言っていたの、と思いながら差し出された受け皿を私は目を丸くしたまま受け取った。


「えっ…と、千種くん?」
「味見」
「ん?」

「味見してないから、味確かめて」


千種くんが僅かに私から視線を外して言う。その言葉に私は受け皿を千種くんの顔を交互にまるで確かめるかのように見てしまった。だけど、千種くんが折角遠まわしに食べて良い、といってくれているのだから冷めないうちに食べなくてはいけない。
そう思った私は千種くんに「ありがとう」と言ってから、受け皿をいったん置いて「いただきます」と言葉にしていた。



「うまっ…!」



あまりの美味しさに涙がでそうな勢いだ。今なら昔懐かしいミスター味っ子(知らない人はぐぐっちゃえ!)のあのオーバーリアクションもとれそうな勢い。
そのぐらい千種くんの料理は美味しいものだった。
いや、もう、お袋の味をこの年でだせる男子中学生なんてなかなかいないよ!!もう自分でも何を言っているのかわけがわからなかったけれど、とりあえず千種くんを褒め称える言葉を次々と口にしていた。

だ、だけど、本当、これ、うまっ!骸さんや犬くんはこんな美味しい料理を毎日食べているのだと思うと本当に羨ましい。
あの二人はもっと千種くんに感謝すべきじゃないだろうか。成長期のこの時期に、ちゃんと栄養のバランスの取れた料理を食べることもできるのも千種くんのおかげなのだから。



「本当美味しいよ、千種くん!」
「そう」



私の言葉に千種くんが笑みをうかべた。普段はあまり笑わない千種くんの笑顔はそれはもう国宝級のものだった。優しく笑う千種くんに、おなべのおかげで温まった体がさらにあたたかくなった気がする。
美形さんの笑みはかなりの破壊力をもつに違いない。
きっと、千種くんも学校でもっと笑えばもっとモテてしまうんだろう(本人はどうでも良いと思うだろうけど)千種くんが笑ってくれたのが嬉しくて、私もいつのまにか自然と笑みをうかべていた。

骸さん達がいるときは賑やかで、それはそれで楽しいけれど、こうやって千種くんと二人っきりでゆっくり時間が流れていくのもとても心地が良かった。



「でも、の料理のほうが美味しいよ」



千種くんの言葉に目を丸くして驚いたけれど、私はありがとう、と口にしていた。千種くんの腕前には到底及ばないけれどそう言ってもらえてうれしくないわけがなかった。
とても、嬉しくてたまなかった。だけど、それと同時少しだけはっきりと千種くんが私の目を見ていうものだから気恥ずかしかった。

再びなべの具を口にする。やっぱり美味しいその味に、頬が自然と上がるのを感じながら私は千種くんに話しかけていた。



「ねぇ、千種くん。今度は一緒に料理、つくろうよ」

「……良いよ」



一瞬いつものようにめんどいと言われると思ったけれど、千種くんは笑顔で快く了解してくれた。一緒に料理をつくるついでに千種くんから料理を学ぶことにしよう。このなべのだしとか凄く気になるし(タッパーにいれて持って帰りたいとか思ってる時点で私、女子中学生としてどうなんだろう)(……いやいや、でも、このだしは)
約束ね、と千種くんに言えば、これまたニッコリ(とまではいかないけれど)と綺麗な笑みで返してくれた。そ

のとき、やっと玄関のドアが開く音がした。音をきき、千種くんは立ち上がる。きっとごはんの準備でもしにいったんだろう。断じて私の名誉のためにいっておくけど、ここに来て最初にはお客さんだからといって千種くんから手伝いは断られた。

面倒くさいからこうして一人炬燵でぬくぬくとしているわけじゃない。



「ただいま帰りましたよ……って、何もう食べ始めてるんですか!」
「これ味見です」

「あ、そうなんですか…じゃ、ありませんよ!味見にしては多すぎますから!」

、柿ぴーただいまー」
「犬、手洗った?」
「任せろびょーん!」

骸さんのノリツッコミと右から左にうけながし、みんなが座るのをまつ。そして、みんなで手を合わせて、いただきます、をした。笑いあいながらの夕食。いつもは吾郎と二人っきりだけど、たまにはこんな食事も良いのかもしれない。それに千種くんの料理は美味しいし、ね!



いただきます!







(2008・12・04)
千種の笑顔は国宝級