頭が痛い、と思わずその光景を見た瞬間に感じた。いや、その前にさっさと逃げ去りたいと思ったのが先かもしれない。
まぁ、そんなことはどちらでも良くとりあえず、今すぐ踵を返して家へと帰ることができれば頭の痛みがなくなることは分かりきったことだった。
あぁ、どうしてここにいるんだよ、吾郎、そして我がともりりんさんよ。

買い物帰りの袋を抱えなおし、ふと視線をずらせばまるで助けを求めるようなツナの視線とかち合う。


(いやいや、そんな目で見られても……)


ツナの瞳がまるで小動物のようだ。瞳が大きいからなお更そんな風に見えるのかもしれない。そんな目で見られて見捨てられるような非道な性格でもなく、きっとこのままツナを見捨てたら私の良心はこれでもかというほど痛むに違いない。
でも、見捨てずにあのままあのグループに近づけば良心は痛むことはないが、精神がかなり痛むことは間違いない。もしかしたら身体的に何か傷むこともあるかもしれない。


ハァ、と零しそうになったため息を思わず吸い込む。ため息すると幸せがでていくらしいが、始めから出て行く幸せがない場合はどうしたら良いのだろう。足を一歩大きく踏み出し、私は離れたところに見えるグループへと向かった。その瞬間ツナは凄く嬉しそうな表情に変わった。



その姿があまりに可愛らしかったのは黙っていようと思う。



近づいていけば何を話しているのかも大体聞こえるようになってくる。その会話の内容にさらに頭が痛くなっていくのはどうしてなんだろうか。

りりんに、この前ツナ達を合わせたのがそもそも間違いだったのか、それとも吾郎に最近ツナ達と一緒にいることが多くなったのがバレたのが間違いだったのか。


傍から見れば青学と氷帝の私立中学の女子二人と、並中の男三人で仲良くしているようにみえないこともないが、その実態としては一人は助けをもとめるような目で見てくるし、青学のセーラー服を着ているのは紛れもなく女の子ではなく男だ。それも自分の兄でもある。何がおかしい、と聞かれれば私ははっきりと応えることができるだろう。


もうすべてがおかしい、と。



「あら、じゃない」



どうやら私の存在に気づいたりりんが笑顔で私の名前を呼ぶ。
その姿はどう見ても可愛らしい少女にしか見えない……彼女の性格を知らなければ、の話だけど彼女の性格を知っている私からしてみれば彼女のあの笑みは機嫌が良いと言う証拠で、彼女の機嫌を左右するのはアレ関係のことだけだ。りりんはどちらかと言えば大人しいが、アレ関係のことだけには異常な盛り上がりを見せたり、逆にそれのせいでテンションが著しく下がってしまうことがある。


そして、アレ、と言うのは男同士の恋愛をさす。


りりんは最近巷でもよく言われている腐女子だ。学校で本を読んでると思えばBL本だったりするのもしばしばで彼女の見た目からはあまり想像はできないが、かなり濃い趣味である。
正直、中学生なのに放送規制をかけなければならないことを発するのはやめてもらいたい。ちなみに、私にはそんな趣味もない。



今現在の様子を改めて見直す。ツナを庇うかのようにツナの目の前に立つ獄寺。それを傍からいつもの爽やかな笑みをうかべながら見ている山本。そして、敵意丸出しの吾郎。


この様子を見ればりりんの機嫌が良い理由なんてすぐに分かる。すぐにわかってしまうのも何だかそれはそれで、嫌なんだけど。



「あー、やっぱりよいわね。あんな必死に沢田綱吉のこと守っちゃって獄寺隼人ったら。ふふ、」

「……」




りりんの目があきらかにヤバイ気がする。そのことに気づいているのはきっとこの場では私だけだろう。それぞれ他の人たちは自分のことで必死みたいだし。いや、獄寺の場合はいつでもどこでもツナに必死なんだけど。



「獄寺くん、さっきの訂正してくれないかな?が馬鹿?ハッ、君何言っちゃってんの?のどこが馬鹿なわけ?何が馬鹿女なわけ?」


「……」




吾郎が何故あんなに敵意丸出しなのかの理由が分かった。この前会った時は僅かに心配はしていたみたいだけど、あそこまで敵意丸出しではなかったのに。

我が兄ながら恥ずかしい男。たかが妹が馬鹿呼ばわりされたくらいで、あんな目くじらたてて怒らなくても良いというのに。でも、後で獄寺は呼び出し決定。誰が馬鹿女だ。馬鹿女。失礼にもほどがある。

二人の様子をハラハラと見守るツナ。そして、それを笑いながらみている山本。笑ってみているぐらいならとめろよ、山本と言いたいのは山々だけど、少しながら困ったように笑っているところを見ると止めようとはしてくれたらしい。
確かに山本の一言で、ただでさえツナの言うことしか聞かない獄寺と、人の言うことは聞かない吾郎が言うことを聞くとはとてもじゃないけど思えない。



「会話が聞こえなければ一人の男を取り合ってるようにも見えるから美味しいわ。これで吾郎さんがセーラーじゃなくてちゃんと学ラン着てたらなお良かったんだけど……まぁ、これはこれでありかしら。」



となりでボヤいているりりんがはっきり言って恐い。

そのうち、ツナ達の前で放送禁止用語を言わないかハラハラする。一見儚げにみえるりりんがBL好きだと言うのはツナ達も知っているけど、まさか自分たちでR指定なことを言われたりしたらツナ達も立ち直れないだろう。それに儚げなにみえるりりんの口からそんな言葉が紡がれるのも少々ツナ達にとったらショックなことかもしれない。
この年頃の男子は女の子に夢をもつものだと、誰かが言っていた気がする。誰が言ったかは覚えてないけど。



「テメー……」
「だ、駄目だよ、獄寺くん!」
「ですが、10代目……!」


「見詰め合う沢田綱吉と獄寺隼人。チッ、デジカメ忘れちゃったじゃない。ねぇ、、デジカメもってないかしら?」


「…残念ながら持ってないよ」



私としてはいつもの光景だから別段気になるものではないけれど、りりんがあんなこと言うからそういう風に見えないこともない。
ツナ、獄寺。どうやら今日のりりんの標的は君たちみたいです。ご愁傷様。



「あ、だー」

「はは、吾郎。なんでここにいるわけ?で、何喧嘩うってるわけ?」



思わず低い声がでてしまったがそこはご愛嬌ということにしてもらいたい。私の存在にやっと気づいた吾郎がこちらにへと視線をやり、それにつられたのか獄寺とも視線があった。
しかし、獄寺は視線があった瞬間にサッと違うほうを向いてしまった。その表情に、やっべ、と言う焦りの色が見えたのは私の見間違いじゃないんだろう。先ほどのやり取りを私が聞いたことに気づいたんだろう。


「だってー、ごっきゅんがー」
「誰が、ごっきゅんだ!」
「ちょ、獄寺くん!!」

「まぁまぁ、獄寺も吾郎さんも落ち着いて」


どうどう、とまるで動物を相手にするかのように山本が両手を前にだし、落ち着かせようとする。



「とりあえず、獄寺あとで覚えておいてね。馬鹿女って誰のことかじっくり話聞かせてもらうから」



ニッコリと笑顔をつくりながら、獄寺を見る。獄寺の口端が僅かに引きつったように見えた。しかし、それでも吾郎はまだ納得いかないといった表情をうかべている。
まったくもって、そんな少しすねている姿からはこれが男だ何て気づく人はまったくもっていないだろう。その姿は見た目だけなら、可愛らしい少女の中の少女だ……なんだか、私の周り見た目だけならって人多くないか?りりんも吾郎も見た目だけはそれはそれは可愛らしい女の子だ。でも一人は性格が黒いし、一人は男だし。


凪ちゃんのように見た目共々性格も可愛い女の子というのは少ないんだろうか。


「まぁ、しょうがないわよね」


となりでボヤいていたりりんがハァと、息を吐き出す。吾郎が未だ何かを言っているようだけど、それを無視してりりんを見れいれば携帯電話をとりだし、それをツナたちのほうへと向けた。


「1+1は?」



「「「「2」」」」



カメラを向けられたツナ達が一斉に答える。その瞬間に携帯電話からのシャッター音。思わず、みんながみんな固まった。その中でりりんだけはそんな周りの様子なんて気にもした様子も見せずに、携帯電話を操作している。
意外と早い携帯の操作に感心しながらも、笑みを零しているりりんに背筋が冷たくなるのを感じた。


「四角関係に見えないこともないわね」


嬉しそうなりりん。そんなりりんにやっと、ハッと現実に戻ってきた獄寺が声をあらげる。


「な、何勝手に撮ってやがる!」


「あら、獄寺隼人も欲しいの?沢田綱吉との写真」
「ハァ?!……」


「(いやいや、何悩んでんだよ獄寺!!)」



このツナ馬鹿が!!りりんに思い通りに扱われてるんじゃないよ!と思ったけれど、私からは何もいえなかった。
一瞬だけこちらに視線をやったりりんの瞳がとてもじゃないけど恐すぎた。どうして、私はりりんと友達なんだろうか。本気でそう思った瞬間でもある。吾郎は吾郎で、携帯を取り出し私のほうによってくると「ー、俺と一緒に写って。待ち受けにする」なんて真顔で言っている。

誰が待ちうけになんかなってやるか。



「沢田綱吉を取り合う獄寺隼人と山本武。新刊はそれで行こうかしら」



ボソッと紡がれた言葉。りりんの不敵な笑みがそれはそれは恐くて私には何も言えない。

ごめん、ツナ。迷惑かけるけどりりんの標的として頑張ってください。山本も、なんか、ごめんね。獄寺に謝る気はまったくもってないけれど、とりあえず、さっき馬鹿女と言ったのはりりんの言葉を聞いて許してやろうと思った。
りりんがつくるであろう新刊。どうせBLな本に決まってはいるが、きっと放送禁止用語が飛び交うような本であることは今のりりんの表情を見る限りなんとなく分かった。



R18な思惑



(私に年齢なんて関係ないわ!)
(いや、ちょっとかっこよいけど、それは駄目でしょ?!)
ちょ、新刊って何ー?!
(はは、面白い奴なのな)
(10代目との写真……か、)
(ごっきゅん、そんな事言いつつ山本くんも俺も写ってるけどね)





(2008・11・15)