レンガ続きの道をブーツを鳴らしながら歩き辺りを見渡せばカラフルな色の屋根をしたお店が目立つ。そして、回りの人たちも人工的に染められた金髪や茶髪ではない神色をした人たちが騒がしげに歩いていた。
久しぶりに街に下りてきた私にとっては未だそれは慣れ親しんだものではなくいつ来ても新鮮な気分にさせる。
年甲斐もなくわくわくして、ブーツをならして歩いてしまうのもきっとそのせいだろう。


イタリアの街は今日も賑やかに鮮やかだった。


久々にツナから貰った休日。はねを伸ばすために街までおりてきたのは大正解だったようだ。ただでさえ、仕事をしていればボンゴレの屋敷にこもりがちになってしまうし買い物なんてほとんどできない。
確かに仕事ではほとんど黒スーツだから私服なんてあまり必要ないけれど、これでも一応性別は女でお洒落にも興味がないわけじゃない。
だからこそ、この休みは絶好の機会だった。ウィンドウに飾られた新作の服や、小物は見ているだけで心踊るものがある。

今日は一杯買い物をしてやるぞ、と気合をいれながら再び歩き出せば、その瞬間携帯が鳴り出した。そのことに気づいた私は肩からかけていた鞄から携帯をとりだして、画面を見る。プライベート用として使っている携帯の画面に映るのは非通知の文字。
明らかに怪しい着信ではあるけど私の携帯に着信でかけてくる人は少なくない。と言うか、むしろかけて来た人が分かる方が少ない。


どれだけ秘密主義なんだみんな、と悪態をつきたくなる気持ちを抑えて、私は携帯のボタンを押して耳にあてた。


「あぁ、もしもし骸ですけど」

「ただ今電話にでることができませ
「いやいや、ちょっと何言ってるんですか?!」


チッと思わず零した舌打ちはどうやら電話の相手には聞こえなかったらしい。誤魔化せなかった事に自分の演技はまだまだなのかと改めて思い知らされたような気がしながら電話の相手に不機嫌になったことを隠しもせずに「なんですか」と聞いた。
骸さんからの電話なんて今までの経験上よくない知らせばかり。
それを考えれば仕方ない反応だと思うのに、電話から聞こえてくる骸さんはそんな私の反応に不満そうな声をあげた。正直、うざったい。



「人が折角電話したと言うのにその態度はなんですか!」

「骸さん以外からならまだ愛想よくしてますよ」


「……まぁ、よいです。ところで。君は今何処に?」



私の返答に、ハァとあからさまにため息を吐きながら骸さんはすぐに話題をかえた。きっとこれ以上言っても私からは骸さんへの悪口しか出てこないことが分かってのことだろう。
骸さんの質問に私は少し考える。ここで正直に言って良いものなんだろうか。はっきり言おう。


正直、言いたくない気持ちが大半を占めている。


だって、骸さんのことだから買い物をしているなんて言ったら僕も一緒、なんて言いだしかねない。ここがイタリアの地だとしても、骸さんの容姿はみなの目にとまるし、日本にいた頃のように歩いていれば羨望や嫉妬に満ちた目で私が見られることは分かりきっている。
折角の休み。できることならゆっくりと自分のペースで買い物を楽しみたい。



「今、仕事でフランスですよ」



私ははっきりと、嘘を吐いた。骸さんはわざわざツナに私の仕事のことを聞いたりしないし、骸さんとは最近あっていないからこの嘘がバレることはないだろう。別にバレても、それが買い物をし終わった後なら関係ないし。


「まったく、君は嘘つきですね」

「えっ」


「じゃあ、今僕の目の前にいるのは誰だと言うんですか?」


呆然と目の前にいる人物を見る。携帯を持っている手が自然とさがり、電話口から骸さんの声は聞こえなくなった。だけど、それは電話口から聞こえなくなっただけで目の前に立っている骸さんの声はしっかりと私の耳に届いていた。
目を見開いて驚く私を見て、骸さんはにっこりと微笑む。その笑みに周りにいた人たちの目が集まるのがわかった。


「こんにちは、。」

「む、骸、さん……?」


「クフフ。えぇ、僕ですよ、骸、です。まさかフランスにいる君がこんなところにいるとは思いもしませんでした」


あった瞬間嫌味ですか、と言う言葉は飲み込んだ。確かに私が嘘をついたことには代わりはなく、目の前の骸さんは微笑んではいるけれど目は笑っていなかった。
美形が笑って怒るものほど恐いものはないと思う。



「嘘をついた罰です。今日は一日僕に付き合ってもらいますよ?」



ふわり、と骸さんの長い後ろ髪が風に舞う。私は骸さんのその言葉に頷くことしかできなかった。折角のお休みが、なんて微笑みながらも目の笑っていない骸さんに言えるわけがなく、私が頷けば骸さんは「まぁ、ですが今日はの行きたいところに付き合いますから」とニッコリと笑いながら言った。
私の行きたいところに付き合ってもらえるのは嬉しいけれど、骸さんを連れてショッピングとはあまり気が進まないのはきっとこの回りの視線が関係しているんだろう。
視線が、痛い。突き刺さるこの視線に一日私に耐えることができるんだろうか(……絶対無理なような気がする)


「では、手を出してください」

「な、なんでですか?」


私の手をどうするおつもりですか、骸さん。もしかしてまだ私が嘘をついたことを根に持って私の手を潰すおつもりですか。と思ったのだけど、どうやら私の予測は外れたらしい。


「こんなに人が多いとはぐれるかもしれませんからね。クフフ、手をつなぐのは当たり前でしょう?」


どうせなら、はぐれたいんですけど。……なんて、もちろん言えるはずもなく私は骸さんに手を差し出した。
暖かくて自分より大きな手に握られて、でも目の前の骸さんがあまりにも嬉しそうに笑うから何も言えず、少しだけ気恥ずかしい気持ちになった。


「では、行きましょう」












骸さんの手には現在大きな紙袋が3つ。私の手にも一つの紙袋があった。休憩がてらに入った喫茶店で注文したアイスティにミルクをおとして、かき混ぜながら「疲れた」とボソッと呟けばその言葉に気づいた骸さんがカップを手に持ったまま笑った。


「少し連れまわしすぎましたか」
「今日は私に付き合ってくれるんじゃなかったんですか」


私が恨めしそうに言えば、骸さんはすみません、と謝ってきた。あの後、私に付き合ってくれると言ったにも関わらず服や小物が欲しいと伝えた私は骸さんに半ば引きづられるような形でたくさんの店を回った。
ゆっくりと服を見ることもできずに、骸さんに渡された服を試着させられ、身も心もぼろぼろのような気がする。

私は着せ替え人間じゃない。着せ替え人間にするくらいなら、もっと可愛い子を選んでくださいよ、と今日だけで何回心の中で呟いたことか。


「たまに街に来ては、に似合いそうな服ばかり見つけていたものですから」


冷たいアイスティで喉を潤しながら、骸さんの言葉を聞く。でも私は結局骸さんには何も言えない。


このあわせて4つの紙袋の中に入った服や小物の会計は骸さんがしてくれた。それもカードで。恐すぎて私には値段なんて見ることは出来ない
。どんなにマフィアになってツナから支給される給料が普通のサラリーマンなんかより全然多いとしても、私はやっぱり根っからの庶民体質で、豪遊なんてことできないタイプ。

大盤振る舞いでお金を使うよりも、たまった貯金を通帳でチェックする方が私らしいし、骸さんとの買い物は見ていて恐かった。そもそもケタが違う。
もう、本当勘弁してください、と店の真ん中で骸さんに土下座しなかっただけ良かった。



「しかし、途中での姿が見えなくなったときは焦りましたよ」

「骸さんがお店の中で急にいなくなるからいけないんじゃないんですか」

「クフフ、それはそうですが、あの時ちゃんと僕はここにいるように、と言ったはずですが?」



訪れたあるお店の一つ。そこは他の見せに比べて人も多く、私と骸さんははぐれてしまった。骸さんに原因があるようにも思うのだけど、言いつけを守らずにその場から離れた私に非がないわけじゃないのもちゃんと分かっている。でも、道を聞かれてしまったのだからしょうがない。
説明するためにわざわざ店の外まででて教えて、元の場所に戻った時には焦った様子の骸さん。
携帯もあるのだからあそこまで焦らなくてもよいと思う。それに私は子供じゃないのだから、あの店から屋敷まで帰る事だってちゃんとできる。


「次からは気をつけてくださいよ」

「(ゲッ、次もあるのか……)」



、眉間に皺がよってますけど?」
「あ、え、いや、そんなことありませんよ、あはは…」


引きつった笑みをうかべながら言えば、骸さんから呆れたように「君は本当に分かりやすいですね」と言われた。失礼にも程がある。
ちょっと何か言ってやりたい気持ちにもなるが、やっぱりこの4つの紙袋があるうちは私は骸さんに対して反抗的な行動はできそうにない。このときばかりは自分の庶民っぷりに憤りを感じた。


「でも、今日は楽しかったですよ」

「……私も楽しかったです」


この言葉に嘘はない。骸さんと一緒に普通の人みたいに街をあるいて、アイスを一緒に食べて、とても楽しかった。普段の生活が嘘みたいに、普通の人の生活が出来たようで嬉しかったし、骸さんも楽しそうに笑っていたから、私もずっと笑っていた。
仕事中に笑うなんてことほとんどできないから一日中笑っていた今日は本当にこちらに来てからは珍しい一日になった。


「さて、犬たちにもお土産を買って帰らないといけませんね。僕だけとでかけたなんて三人とも知ったらすねてしまいますから」

「そんな、子供みたいな…」


「嘘じゃありませんよ。」


骸さんはそういうと一気にカップを傾け、コーヒーを飲み干した。私のコップは既に空になっていて、骸さんが立ち上がるのを見て、私も一緒に立ち上がった。


「ケーキでも買って帰りましょう」


そう言って、骸さんはケーキが飾ってあるショーケースの目の前で腕を組み「うーん、どれがよいですかね」と首をかしげている。仲間のためにお土産を買う、なんてことをしている骸さんを初めて見た私はいささかそれに驚いたけれど、口端が上がるのを隠し切れなかった。10年前のあの日。仲間の体を痛めつけた骸さんの姿は今はない。
犬くんや千種くんは凪ちゃんを、ちゃんと自分の仲間としてみている。その姿が私には嬉しくてたまらなかった。


「Una torta di cioccolato……」



ケーキを見ながら悩んでいた骸さんが顔をあげて、店員へと注文している。だけど、その注文内容が可笑しい。何故、ホールのケーキを次々と注文しているのだろうか。犬くんたちだけならそんなにいらないと思うのに、と思い骸さんに視線をやれば「ついでです。」と言った。
何がついでなんろう。意味が分からない言葉を必死で考えていればそんな私の様子に気づいた骸さんは困ったように眉間に皺を寄せて、笑った。


「ボンゴレたちも最近お疲れのようですし、疲れた時は甘いもの、なんでしょう?」

「つ、ツナたちに?!」


「違いますボンゴレたちのためにじゃありませんよ。犬たちのついで、です」


しかし、この大量のケーキは、もうついでと言うよりはそれが大半の理由のように思えて仕方がない。でも、これ以上は何も言えないというか、色々言って「やっぱり買うのやめます」なんて言われたら困ると思った私はそれ以上何も言わなかった。
ただ、笑うことしかできずに、大量のケーキと紙袋を見ながら歩いて買えるのは無理だと思い、骸さんが恥ずかしそうに頬を染めて「ついで、ですからね」と呟いているのを横目に電話をして車を一台手配してもらえるようにツナに頼んだ。この骸さんの行動に帰ったときツナ達がどんな反応をするのかと思うと、思わず笑いがこみ上げてきそうになる。

でも、それも楽しみで、「ついで、でもツナ達は喜びますよ」と骸さんに伝えていた。


「そんなこと分かってますよ」


彼らは、馬鹿みたいにお人よしですからね、と私の言葉に一瞬呆気にとられていた骸さんは、すぐにいつものすました笑みをうかべながら呟いていた。
何だかんだ言ったって、骸さんはツナ達のことをよく分かっているんだ。あぁ、もう。こんな仲間思いな人たちの仲間でいられるなんて私はどれだけ幸せなんだろう。多分、凄い幸せ者には違いないと思うけど。





幸 せ  の 優 雅 な 休 日






(えぇぇぇ、骸がケーキを?!)
(10代目、毒が入ってるんじゃないッスか?!)
(ふーん君でも気が利くときがあるんだね)
(極限に驚いたぞー!!)
(はは、骸サンキューな!)
(ちょっと、君たち!ついでですからね!ついで!それに山本武以外はその反応はどうなんですか!)
(ま、骸さんですからね!)

(え、ちょ、ー?!)






(2008・11・03)