え、ドッキリカメラあったりします?
今日の部室はいつもに比べて数段というか、比べるのも失礼なくらい静かだった。
それと言うのも、宍戸先輩以外何か用事があるらしく、この部室に私と宍戸先輩しかいないからで、
まさに天から与えられた憩いの時間ではないのだろうかと、私は思っていた
だって、普通こんな展開があるとしたらまともな人と二人っきりになれることなんてめったにない。
自分で言うのもなんだけれど最近の私の運はどん底にちかい(と言うか、むしろこの部活に入部された時点でどん底だった)
なのに、まともな宍戸先輩と二人きり……これ本気でどっかに隠しカメラ仕掛けてないかなと思うのも仕方がない話で。
でも、隠しカメラなんて本気でありえそうで恐いんだけど、と思い自分の両腕を擦りながら部室内を見渡す。
ここは天下の氷帝学園、男子テニス部。
跡部部長にかかれば隠しカメラを準備するなんて
朝飯前、いや、朝起きた瞬間にやってしまえることだろう。
「(……金持ちなんて嫌いだ)」
まずは、ロッカーの上を確認。
若干汚いけれど異常なし(あとで掃除しておこう)
ソファーの上。
部室にこんなものがあるほうが異常だとは思うけれど、一応異常なし。
窓の向こう。
カーテンがついていて見えないけれど窓は閉まっているはずなので、異常なし。
テーブルの上。
……見なかったことにしておきたかったけれど、
私の目に飛び込んできたのはバラの花束だった(さっきから気づいてたけどさ!)
いや、まぁ、カメラがあるわけじゃないし、これが特に私に害があるわけじゃないから
別に気にしなくても良いか。
どうせ、どっかの馬鹿部長がもってきたに違いないし(バライコール跡部部長)
そして、ふと視線を宍戸先輩に戻す。
これが忍足先輩と二人っきりだったりしたら、色々対策を練る必要があるけれど、
宍戸先輩だったらそんな必要もない。
それに二人っきりだからと言って、別に意識するなんてことも私達の間にはなかった。
「(これが他の女の子だったら……)」
もしかしたら、純な宍戸先輩は危ない目にあっていたかもしれない。
身包みをはがされても女の子相手だったら強気に言えそうにないし、何しろ宍戸先輩だ。
私の中では、この部活の中で一番純な人だと思う(もしくは、初心な人だとも言う)
そして、そんな彼を狙う女の子達は狼と表現しても良いくらいの女の子もいる。
中には普通に良い子そうな子もいるけれど、たいていコートの回りのフェンスにしがみつきながら
黄色い声援を送っているのはそんな狼な女の子達ばかりだ。
彼女達にかかれば宍戸先輩なんて……そこまで考えて、恐くなってやめた。
ありえそう、だなんて恐すぎる。
そんなことを考えながら宍戸先輩に視線をやれば、宍戸先輩も私の視線に気づいて、
首をかしげながら、「どうかしたか?」と口を開いた。
……良いわぁ
どんなに純で初心で狼な女の子達に狙われていても、宍戸先輩の兄貴っぷりにはいつも憧れを感じる。
本当にできることなら、私の兄になってほしい。
その気になれば、私も宍戸家に養子縁組されても良いかもしれないと思うくらいだ。
ちょっと、狼な女の子たちが恐いけれど、でもそれぐらい我慢しても良いと思えてしまう。
「(宍戸って良い響きだと心底思うんだけどなぁ)」
まぁ、そんなこと言われたら確実に宍戸先輩が引く、っていうのは分かってるから、言ったことはないけど、
でも、この兄貴っぷりはこの学校では一番じゃないかと思う(って言うか、実際一番)
何故、私の兄はあんなものなのに、
弟も妹もいない宍戸先輩がこんなにも兄貴らしいのかが聞きたい。
この兄貴っぷりなら、あの犬(と書いて、魔王とも読める)が懐いているのもなんとなく
納得できるような気がする。
「……なんもないです」
「そうか。しかし……あいつらいねぇと静かだなぁ」
「ですね。こんな静かな部室、私初めてかもしれませんよ」
私の言葉に宍戸先輩は、乾いた笑みを零しながら遠い目をしていた。
どうやら宍戸先輩にとっても、こんな静かな部室は初めての体験らしい。
私なんかより長い間、この部室を利用していただろう宍戸先輩も初めてだなんて、
あの人たちがいかに毎日騒がしいのかがよく分かる。
……そんなこと分かりたくはなかったのが本音のところではあるが。
だけど、あの人たちを見てたら確かに、
静かにしている時なんてないんだろうな、と思わずにはいられない。
一人ひとりでいるときならまだしも、集まるともう、だめだ
(さらに、それに回りの女の子達の声なんて合わさった日には、ダメすぎる)
しかし、そんな人たちだけど中には静かな人たちもいる。
そりゃ集まれば煩くはなるけれど、少人数の時は静かだし、本人達の声が煩いわけでもない。
滝先輩や日吉は静かだと言っても良いだろう。
ほかは……あぁ、あと樺地も静かだ。
「滝や若と樺地の奴は静かなんだけどな。他がな」
宍戸先輩も同じ事を考えていたのか、と思うと少しだけ笑みがこぼれた。
「岳人先輩もまともな分類にはなるんですけど、静かじゃないですもんね」
岳人先輩は確かにツッコミ担当ではあるけれど、騒がしいことは嫌いじゃないし、むしろ騒がしいのは好きだ。
まともな人の分類にはあてはまるけれど、岳人先輩の場合は一人でも十分騒がしい。
まぁ、常識がある分他の人よりかは何倍もマシなんだけど。
それにどこぞやの丸眼鏡な相方をとめているのも彼の仕事だ。
彼がいなかったら丸眼鏡の暴走はとめられていないことだろう。
そして、私はいつも疑問に思う。
何故、岳人先輩はあの丸眼鏡とダブルスを組んでいるのか、と。
りりん曰くこれまた萌えな二人らしいけれど、私としては岳人先輩が少し可哀相でならない。
監督ももっと考えてダブルスを決めてやればよかったのに、と思うくらいだ。
「確かにな…」
遠い目でどこかを見ている宍戸先輩。
きっと、日吉も苦労している、とは思うけど宍戸先輩はもしかしたらこの部活の中で一番苦労しているのかもしれない。
あの先輩たちと一年のときから一緒にいて苦労しないわけが無い。
それに宍戸先輩は日吉とは違って無駄に人が良いから、
巻き込まれても文句の……一つ二つはそりゃ言えるかもしれないけど、最終的には巻き込まれてあげちゃう人なのだ。
可哀相な宍戸先輩。
そして、ご愁傷さまです。と心の中で手を合わせた。
もちろん私は文句の一つ二つを言いつつも、あの人たちに巻き込まれてあげるなんてことはしてあげない。
宍戸先輩には悪いけれど、やっぱり私は自分の身が一番可愛い。
「忍足も、アレだしな」
「あぁ、アレですもんね」
アレ、で通じてしまう私と宍戸先輩。先に言っておくけど吾郎と私だったらこうもいかない。
実の兄妹で、アレ、と言う代名詞は通じないのに、宍戸先輩だとアレ、で通じる。
これはやっぱり、養子縁組してもらったほうが……って、いやいや、何考えてるんだ、私。
「本当、お前にも迷惑かけて、悪いな」
「いやいや、宍戸先輩が謝ることじゃないですから!
それに、謝らせるのは跡部部長に土下座でって決めてますから」
「跡部に土下座って……無理だろ」
「でも、あの跡部部長が土下座してるところ見てみたいと思いません?」
「……それは、見てみたい気がする」
ボソッと呟く宍戸先輩に私はもっと同意を求めるように力強く「でしょう!」と言っていた。
だけど、本当に宍戸先輩が謝ることでも、気にすることでもないのにと心中で思っていた。
どこまでお人よしなんだろう、この人は。
それに後輩にも優しいし、絶対に氷帝の中じゃ先輩にしたい(もしくは兄貴にしたい)人ナンバーワンだと思う。
どんなに、女の子に告白されて顔を真っ赤にさせてアタフタさせていようとも!!
ぶっちゃけごみ捨ての途中で見てしまって、
可愛いな宍戸先輩とか思っちゃったりもしたけど!!
でも、それでも、私が出会った中で宍戸先輩は一番の兄貴にしたい人ナンバーワンだ。
「跡部の俺様もどうにかなんねぇかな」
「自分で俺様って言ってる時点でかなり痛いですよね」
「……それは言ってやんな」
「でも、私初めてですよ。自分のこと俺様って呼ぶ人。
男で自分のこと名前で呼ぶ人よりも痛いと思うんですけど」
「いや、男で自分の名前をよぶほうが痛くねぇか?」
「そうですねぇ……女の子だったら別に、あまり気にしないんですけどねぇ。
男で名前呼びは、ちょっと…って感じですよね」
だけど、俺様もどうかと思うんだよなぁ。
どっちのほうが世の皆様は痛いと思っているんだろうか。
どうやら宍戸先輩は俺様よりも自分で自分の名前呼び(男に限る)のほうが
痛いと思っているらしいけど、俺様も大概だと思う。
あ、でも前に忍足先輩が自分のことを「侑士なぁ、」なんていったときには思わず
振り上げた手を忍足先輩の頭に向かって振りかざそうとしていた。
あの時、日吉が止めてくれなかったらきっと私思いっきり忍足先輩の脳細胞を破壊していたに違いない。
(そう言えばあの時滝先輩笑いながら「惜しかったな」なんて言ってたなぁ……)
「俺は初めて跡部に会った時は驚いたがな…だけど、今は慣れたな。
だから、お前も慣れたら大丈夫だと思うぜ?」
そんなことになれたくないんですけど、と思ったりしたけれど
宍戸先輩の顔はげっそりとしていて、そんなこと言える雰囲気ではなかった。
慣れるくらいに、一緒に跡部部長といたなんて、どれだけ可哀相なんだろうか宍戸先輩は。
「でも、俺様はまだ許せないこともないような、許せることでもあるような感じですけど」
「どっちなんだよ」
「え、いや、それは……じゃあ、許せないことでもないですけど。
あの自己中心的な性格はなしですよね。世界は俺様のものとか絶対思ってますよ」
「…思ってそうで恐ぇな」
宍戸先輩の一言に私は、想像を始める。
跡部部長が高笑いをしながら「世界は俺様のものだぁ!」と叫んでいるその姿。
ある意味恐く、違和感なんてものは一ミクロンもなかった。
「考えるのやめようぜ」
「ですね」
はぁ、と宍戸先輩と私のため息がかぶる。
なんで私達こんな思いしてるのだろうと宍戸先輩と話して改めて感じた。
話せば話すほど、自分たちがどれだけかわいそうな立場にいるのかがわかってしまう。
だけど、まだ、これが一人じゃないから良いとも思えた。
人によっては酷いと思うかもしれないが、被害者が自分だけじゃないと言うのはとても嬉しい。
もしこれが私一人だけだったら、もっと悩んでいたりしていたかもしれない。
でも、宍戸先輩や日吉や岳人先輩、そして樺地だって苦労している。
そう思うと、この状況も特段気にするような状態じゃないような気がしてくるから不思議だ。
……世に言う旅は道連れというのはこういうことか(いや、ちょっと違う気もするけど)
「さぁて、跡部たちは遅いし俺は先に部活初めておくかな。後輩達にも教えてやらねぇといけねぇしな」
やっぱり、貴方は兄貴のなかの兄貴っすよ!
思ったことは口にしなくとも、この特に最後の一言をここの部員(特に跡部部長と忍足先輩に)
聞かせてやりたかったのは言うまでもない。
(2008・10・04)