いつもより濃い目に塗られた口紅の上からさらにグロスが塗られていく。目の前の鏡に映る自分はまだ準備の段階だというのにもかかわらず疲れ果てた顔をしていて、今にも自殺でもしてしまいそうな表情にも見えた。
しかし、そんな私とは裏腹に同じように鏡に映っているルッスーリアさんはウキウキとしながら、私に化粧を施している。


「はい、できたわよ」


語尾にハートマークがつきそうな勢いでルッスーリアさんに言われて私は引きつりながらも笑みをつくり「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にしていた。その言葉に「私も楽しかったわぁ」と返されてさらに顔が引きつるのを感じる。

私のほうはぜんぜん楽しくないんですけどね。

それに、今からの仕事のことを考えると頭が痛くなりそうなくらいだ。しかし、もちろんそんなこといえるわけもなく私はただただ引きつった表情のまま、笑みを深くした。



「次もこんな仕事が入ったら教えてね」


絶対よ、とほぼ無理やりといった形でルッスーリアさんに小指をとられる。御なじみの歌をルッスーリアさんが機嫌良く口にしながら、私の小指を解放した。

私としては、こんな仕事に"次"がないことを願っている限りなのだが、こんなに嬉しそうな表情をしているルッスーリアさんを目の前にしてはそんなこと思っていることを悟られるのも憚れ、なるべく顔には出さないように努めた。
鏡に映る自分。普段とは大分、雰囲気が違うのは着ているものが黒いスーツから淡い色のドレスに変わった上に、化粧がいつもより濃いせいか。どちらにしても普段着慣れない、し慣れないことに、違和感を感じざるを得ない。


でも、今更辞めたいだなんて言うこともできずに、私はルッスーリアさんに手を取られてツナが待っているであろう玄関ホールへと向かった。











「お願い。頼める人がしかいないんだ」


今日の朝、突然頭を下げてきたツナに私は仕事の内容なんて聞かずに「分かった」と口にしていた。10年前からツナのお願いを断れた数のほうが少ない。そのうえ、こんなに必死そうなツナを見るのは久しぶりで用件なんて聞かずに私は首を縦に振っていた。
今思えば、このときちゃんと話を聞いておけば良かったと思うのだけど、話を聞いてもきっと現状は変わってないんだろう。

結局私はツナの困った顔には10年経った今でも、弱いのだ。



「ダンスパーティー?」
「うん。俺のパートナーとして参加して欲しくて……」



ツナからの用件というのは、ダンスパーティーのパートナーとして一緒に参加して欲しいおちうものだった。普段からパーティーの類はあまり好きではなく参加することのなく、参加したとしても、大体綺麗な格好なんてせずに黒のスーツで参加することが多い私にとっては冷や汗をかかずにはいられない。ツナのパートナーとして、ということは、イタリア一のファミリーであるボンゴレ10代目のパートナーとして出席するということである。
そんな大役私にできるわけがない。しかし、一度は受けた頼みを断ることなんてできなかった。もちろん、私なんかよりよっぽどパートナーにぴったりであろう凪ちゃんの名前を出したりもした……のだけど、凪ちゃんは運が悪いことに他の任務中。私が凪ちゃんの仕事をするから早々に戻ってきて欲しい、と思わずにはいられなかった。






パーティーの会場。ツナに寄り添うように歩けば、周りから羨望の視線を受ける。ただでさえ人が多いことに嫌気がさしているというのに、こんなにも多くの視線を受けるとさらに気分は憂鬱になってくる。
ツナもそんな私の気持ちに気づいているのか、困ったように眉を寄せて「ごめんね」と口にした。



「いや、大丈夫。それにツナが悪いわけじゃないし、ツナも毎回こんな視線集めて大変でしょ?」
「うーん。まぁね。でも、多少はなれたよ」


「……ボンゴレ10代目への招待状は凄いもんね」




毎日のように届くボンゴレ10代目の招待状。もちろんツナだってそのすべてにいっているわけではないけれど、ファミリーのボスとしてやはり出席しなければならないパーティーだって少なくはない。さすがに私とは違い、数え切れないくらいのパーティーに出席しているツナにとっては、もう視線を集めるのも慣れたことなんだろう。
まぁ、中にはボンゴレ10代目、としてではなくツナ自身を見ている女性もたくさんいるようだけど。



胸元の開いた魅力的なドレスを着た女性たちを見ると、少しだけ気後れした気分になってしまう。まるで自分が場違いだといわれているような気がして、そんな女性たちから思わず視線をそらした。

やはり断ればよかった、なんて今更、だろうか。

ボンゴレ10代目、沢田綱吉、の隣に立つことが恐れ多く感じてしまって仕方がない。10年前にはそんなことを思ったことなんて、なかった。だけど、今は違う。
ツナはボンゴレ10代目のボスで、私はそんな彼の部下だ。
普段は部下、というよりは仲間として接しているけれど、こういう場所にくるとツナとの私の違いを感じずにはいられない。



「どうかした?」

「え?」
「少し、気分悪そうだから」



ツナの言葉に、そんなことないよ、と返す。少し弱弱しい声は説得力がなさそうだけど、ツナは納得してくれたらしい。
多分、私の気持ちを汲み取ってくれたんだろう。ツナはさりげなく、話題をかえてくれた。



「最近はこんなパーティーに一人で来ると必ずといって良いほど女性を紹介されるんだよね」
「まぁ、ツナも良い年だから」
「その言い方はやめてよ…それにそれをいえばもだろう?」

「そうだけど、ツナはボンゴレのボスだからねぇ」



そんなツナにいまだに妻も婚約者もいないと知れば、そりゃ、自分の娘なんかを紹介しようともするだろう。まさかそのことにツナだって気づいていない、なんてことは……いやいや、さすがにツナがどんなに鈍感だったとしてもさすがにそれはない。



「でも、なら尚更私を連れてきたのは間違いだったかもね」
「なんで?」
「私だったらツナを横取りするのなんて簡単そうだし、」

「そんなことないよ」



私の言葉にすぐに否定の言葉を返すけれどそうとは思えなかった。だって、ツナの隣に立っているのがこんな平凡な女なら誰だって自分のほうが魅力的だと思うに違いない。現に私だって、この会場にいるどの女性も魅力的に見える。
それにここにいるのはみんなお嬢様ばかりで、ボンゴレ10代目のお嫁さんにはぴったりの人たちばかりだ。



「私をつれていくるよりも、守護者の誰か女装させてつれてきたほうが良かったかもね」
「……変なこといわないでよ」



ツナの顔が一気に青ざめる。きっと、女装姿を思い浮かべたんだろう。まぁ、私もさすがに"なし"だとは思うけれど、顔が良いのだからもしかしたら中には女装が似合う奴だっているかもしれない……いや、やっぱりみんなガタイが良い人ばかりだからない、か。少しだけ想像すれば、私もツナのように顔が青ざめていくのを感じて、首を横に振った。

ないよ。本当にないよ。

口には出さずに心の中で変なことを言ってごめん、とツナに謝っておいた。



「じゃあ、やっぱり凪ちゃんとか頼んだほうが良かったかもね」




自嘲染みた笑みをうかべる私にツナは真剣な声色で名前を呼ぶ。顔をあげて、ツナへと視線をやれば普段よりも真剣な表情をしているツナに息を呑んだ。



「俺はだからこの仕事を頼んだんだ。他の誰でもない、だから」


私だから、の言葉に脈拍があがる。周りの音が一切聞こえてこないのはツナの声に体中の全神経を集中させているからか。
ツナがどんな思いでこんな風にいってくれたのかは分からない。だけど、ただただ私だから、という言葉が嬉しかった。真剣な表情をしていたツナが表情を崩して笑みをつくる。優しい笑みはボンゴレのボスになった今でも変わらない。10年前から一切かわることなかった笑み。大好きなその笑みに私はさらに熱が上がるのを感じた。


「Potresti ballare con me?」


滑らかにつむがれた言葉とともに差し出された手。一瞬わけが分からなくて、ツナの顔と差し出された手を交互に見やった。イタリアに来てから数年、もうほとんど第二の母国語といってよいくらいに慣れ親しんだ言語だということに気づいたのはそのすぐ後だ。

「俺と一緒に踊ってくれませんか?」

再びつむがれた言葉は今度は日本語だった。別にイタリア語が分からなかったわけじゃないのに、と思い眉がよるけれどでも、ツナの顔を見ればすぐに自然と笑みが出ていた。


「Volentieri!」


私の返事にさらにツナは笑みを深くする。差し出された手に手をのせれば、まるでツナの暖かさまで伝わってくるようで嬉しさがこみ上げてきた。大切で大好きな仲間。もう少しだけ君の隣にいるのが私であれば良いのに、と思いながら私の手をひいていくツナの後姿を見つめればツナがわずかに振り返り微笑んだ。



Potresti ballare con me?




(はい、喜んで!)



(2009・10・11)

綱吉で甘い話リクエストありがとうございました。10年後綱吉に夢見る乙女です^^

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