本日の家庭科は調理実習。なぜか事前に知られていたせいで忍足先輩からは「楽しみにしとるからな」なんて言われたけれど、私の中で忍足先輩に一切あげる予定はないのを彼は知っているんだろうか。
そもそも、今日の朝、同じようなことを吾郎からも言われた。まだ忍足先輩が調理実習の話を知っているのは納得ができる。
一応、仮にも、本当に認めたくないことこの上ないけれど同じ学校の、先輩であるし、まぁ後輩から聞いた、なんてことも考えられないこともない。
だけど、問題は吾郎だ吾郎。
お 前 そ の ネ タ ど こ か ら 仕 入 れ た ?
そう思わずにはいられなかった私の気持ちを是非とも分かっていただきたい。吾郎から「今日の調理実習はマフィンだねぇ。楽しみにしてるからね!」なんて嬉しそうに言われたとき、飲んでいた牛乳を吹き出しそうになったくらいなのだから。
そりゃ、エプロンの準備してるところを見られたのなら調理実習があるか予測ができるかもしれない。
しかし、奴は今日何を作るかまで知っていた。
おかしすぎる。明らかにこの学校内に奴の協力者がいるとしか思えない。
まさか、私を売るような人がいるなんて…!と思ってしまい今日は朝練で登校して来る時からこの学校の生徒全員が敵のように思えたものだ。まぁ、とは言っても、吾郎の知り合いだなんて数は限られてくる。
多分テニス部の誰かが吾郎に教えたんじゃないんだろうか。
さりげなく跡部部長と吾郎はたまにメールをかわしてるみたいだし、他の人たちも吾郎とメル友になってる人がいないとは言い切れない。
(ま、でも日吉ではないと思うけど)
泡だて器で材料をかき混ぜながら、さりげなく視線を日吉へとやる。同じ班である日吉は、黙々と汚れたものを片付けているところで、私の視線に気づいたのか訝しげな視線をこちらへと向けてくる。大層、失礼なやつだ。
しかし、日吉は人のことを売ったりするような人じゃないことは分かっていることで、たぶん吾郎に今日調理実習があることを教えたのは違う人だと思う……日吉がどんなに失礼なやつだったとしても。
私の予想では忍足先輩あたりだとは思ったりはするものの、確証はない上に吾郎は忍足先輩を毛嫌いしている節があるから何とも言えない。とりあえず、朝は時間がなかったのから言及することなく家を出てきてしまったけれど帰ったら問い詰めてやろう。
ついでに、言った人にはそれなりの報復を(相手にもけど)(さすがに鳳や滝先輩だった場合はスルーする)
「……なんだ?」
「あー、なんでもないから気にしないで」
ハァ、とこもれそうになるため息は呑み込む。
「材料かき混ぜるのが大変なら、かわるぞ」
「いや、大丈夫」
それよりも大変なことがあるから。なんてさすがには言えないけれど、内心呟いておいた。心配そうな視線をこちらに向けてくる日吉に、私は引きつりそうになりながらもさらに笑みを返せばやっと日吉は自分の仕事へと戻ってくれた。
あぁ、やっぱり。なんだかんだ言いつつも良い奴なんだよね、日吉。
だからこそ、私と同じように先輩たちに苦労してる、ということが言えるのだけど。
それにしても、と思いつつ再び視線を日吉へとひっそりとやる。今回はバレなかったのか、日吉は作業を続けたままで私は、日吉に視線をやったままだ。もちろんその間も泡だて器はカシャカシャと音をたてている。
淡い緑色のエプロン姿。先ほどからちらほらとクラスの女子の視線が集まっているにはきっと勘違いじゃないんだろう
。普段は話しかけにくいように見られているようだけど、なんだかんだ言いつつも見た目は良いしモテる。そんな日吉のエプロン姿に視線があつまるのなんて、当たり前の話だったのかもしれない。
(……日吉のエプロン姿、か)
一体いくらで売れるんだろうか。と、そう思った瞬間私は首を横に振っていた。
ちょっとまて、私。今何考えてた。
どんなに日吉のエプロン姿がカッコよかったとしても友達を売るなんて最低すぎる。どんなに日吉のエプロン姿が高値で売れそうだとしてもだ。
一瞬でも浮かんでしまった考えに、自己嫌悪しつつ、私は視線をそらし泡だて器を持ち直した。
ある程度材料も混ぜおわり、息をつく。先ほどからりりんの姿が見えないことに気づいて、私は視線を四方八方へとやった。そして飛び込んでくる同じようにエプロン姿のりりん。
その手には明らかに調理器具ではない、この時間には必要のないものが握られている。
えぇ、ちょ、えぇー。
調理実習手伝わないで何してんだ、あの人。
一心不乱と言った様子でデジカメのシャッターを切っているりりん。りりんの場合は私が営利目的で日吉のエプロン姿を見ていたに大して、きっと萌えの対象でみてるんだろう。
確証はないけど、自信ならかなりある。
しかし、りりんに何か言うなんてそもそも無理な話だし、今のりりんはかなり目がマジだ。今邪魔なんてしようものなら、何をされるかわかったものじゃない。
日吉には非常に申し訳ないけれど、私は今のを見なかったことにして心の中に閉じ込めておいた。日吉のほうも写真に撮られていることに気づかれていないようだし、あえて言う必要もないだろう。ただでさえ、隠し撮り写真なんてこの学校では日常茶飯事だし。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもないよ。よし、じゃあマフィン焼いちゃおう!」
日吉にりりんの存在を悟らせないように、顔に力を入れて日吉へと笑みを作る。オーブンの中へマフィンをいれれば、あとは待つだけだった。
片付け終わったのか日吉も私の隣に立って、オーブンを見つめる。さりげなく心の中で日吉に謝罪の言葉を紡いでいた。のだけど、いきなり日吉がこちらへと顔を向ける。
思わずビクッと肩がはねてしまったのは考えていることがバレてしまったんだろうかと思ったからだ。
「おまえ、これ忍足さんにやるのか?」
「絶対やらない」
「……(忍足さん、あなたこいつに何したんですか)」
私のあまりの早い返答に日吉は本当に微妙な顔をしていた。でも、もともと私はあげる気なかったし、あの人のことだ。他の子からたくさんもらうんじゃないかと思う。それも胡散臭い笑みを浮かべながら。
私としてはあの胡散臭い笑みのどこが良いのかまったくもって分からない上に、まぁ分かりたくもないんだけど、他の類稀なる子たちのなかにはキャーキャー言う子もいるんだろう。
たまにそんな光景を見かけるけれど、世も末だな、と思ってしまう。
「それにあげるんなら他の人たちにもあげないと後あと怖いことになりそうだし」
「あながち間違ってないな。」
「でしょ?だったら誰にもあげない方が良いと思わない?」
「あぁ、確かに」
二人して遠い目をしてしまうのは、なんとなく"怖いこと"の想像ができてしまうからだ。いや、怖いことというよりは面倒臭いことと言っても良いのかもしれないけれど、どっちにしても私にとっては嫌なことであることにはかわりがない。抑えることのできなかった溜息が思わずこぼれ出れば、ポン、と肩を叩かれる。
そして、まるで私を慰めるかのように日吉の手が肩に置かれ、私は日吉のほうへと視線をやった。
日吉は何も言わなかったけれど、その瞳はまるで「負けるな」と言ってるように見えた
……そんな目で見るくらいなら助けてくれよ!と言いたい気持ちにもなったけれど、私は何も言うことなくただ、うなづく。決して、決して、その時先ほどよりもりりんの距離が近いなんてことには気づいていない。
「」
ふと日吉に名前を呼ばれて視線を、りりんから日吉へとうつす。日吉の眼には憔悴しきっているようにもかんじられ、思わず目を丸くしてみれば、「高崎は、何がしたいんだろう、な」と力ない言葉が吐かれた。
(気づいてたー!)
どうやら日吉は先ほどからカメラで撮られていることに気づいていたらしい。でも、きっとりりんが何を言っても無駄なことを知っている日吉はあえて何も言わなかったんだろう。
なんだか先ほどまでは自分が一番かわいそうだと思っていたけれど、日吉のほうが可哀想に思えて今度は私のほうが日吉の肩を叩いていた。先輩からも、友達からも、被られる被害。
今度もそれからは逃れるすべはなさそうだな、なんて思いたくなくても思ってしまうのは仕方がないことなんだ。
とりあえず、日吉負けるな。
……私は何もしてあげれないけど!
(2009・09・09)
紫苑さま、リクエスト!日吉でギャグかほのぼのだったので、どちらとも目指して見事…OTLな状態です。日吉を一番書いてきたはずなのに未だに日吉のキャラがつかめてない感じで申し訳ないです。
苦情は紫苑さまからのみ受け付けますので、ほかの方は控えていただけると、その…私の精神的に助かります><。
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