たまにはこうして夜空を見上げながら帰るのもよいだろうと思った私は、まっすぐに帰ることはせずに少しだけ回り道となる道を選んだ。満点の星空をみあげながら、学校の授業でならったことを思い出す。あの星は、と心の中で呟きながら次々に習った星の名前を言い当てていく。

けれど、たった一つ習ったはずの星の名前が思い出せずに私はいつの間にか立ち止まっていた。

周りに誰もいないのがせめてもの救いだろう。こんな夜道で一人ぼうっと突っ立っているなんて幽霊に間違われる可能性だってありそうだ。お風呂から上がった後なのでいつも結んでいる髪の毛も今は結んでおらず、そこそこに長い髪の毛が冷たい風に吹かれている。
私だったらそんな人物が突っ立っていたら幽霊と間違えて確実に逃げている。


あの星の名前はなんだったか……少しの間一人唸りながら考えていれば「あれはシリウスですよ」と、後ろから聞きなれた声が。それもかなりの近いところから聞こえて来た、と言うか耳元で囁かれ私はバッと耳を押さえながら後ろを急いで振り返った。



「……骸さん」

「こんばんは、。夜のお散歩ですか?」


クフフと笑みを零す思ったよりも近い場所にいた目の前の人物を思いっきり睨む。殴ってやればよかったか、と思ってしまったのは仕方がない話だろう。いきなり現れた上に耳元で囁くとは女の子相手に言語道断じゃないだろうか。

まぁ、私以外の人だったら歓喜の声をあげるか、その前に痴漢だと間違えて走りさってしまうんじゃないかと思うが。

私としても痴漢だと罵りながら走り去ってしまえばよいんじゃないかと、たった今後悔している。もう、多分私は骸さんに捕まってしまったといっても過言ではないだろう。もう私は骸さんから逃げることは出来なかった。


現に骸さんはいつの間にか私の隣を悠然と歩いているのだから。


「こんな時間に一人で散歩なんて危ないですよ」
「骸さんを相手にしてるほうがもっと危ないと思うんですけど」
「何か言いました?」

「いいえ、何にも」


送っていきます、という骸さんの言葉に拒否の言葉を紡ごうとしたのだが骸さんがそれを許すわけがなく、私は結局骸さんにおくられるはめになった。回り道なんてしなければ良かった。心の底からいま、思っている。



「それにしてもが髪の毛おろしてるなんて、珍しいですね」
「お風呂入ったあとですからね」



ハァ、と白い息を吐きながら答える。それを見ていた骸さんは「寒いんなら手、つなぎますか?」なんて聞いてきたがお断りしておきます、と答えておいた。はっきり言って恥ずかしいし、そんな思いをするくらいなら寒いのぐらい我慢できる。
私の返事に骸さんは残念そうに表情をした。そんな骸さんの表情に本当に残念だと思っているのか、と私は思ってしまう。つくづく性格が悪い。でも、骸さんは人に自分の真意を悟らせるようなことはしない。だからこそ、骸さんが心の中で思っていることはまったくもって私には分からない。この人はきっと心の中でどんなに悪態をついていようとも、人の前では満面の笑みをうかべることができるだろう。


まるで人との間に壁をつくる、かのように。いや、実際この人は自分と人との間に厚い壁をつくる人なのだ。


そんな風に骸さんはこの人は誰に対してでも壁をつくる人であるとは分かってはいるのに、私にも壁をつくっているのかと思うと、少しだけ悲しくなってしまう。
大切な人との間に壁があるのは私にとって、あまり好ましいものではなかった。


「どうかしましたか?」
「別になんでもありませんよ」


首を傾げて聞いてくる骸さんに私は笑って答えた。しかし、骸さんはそれが気に入らなかったのか足を止めた。私も骸さんにつられ足をとめる。
「僕は君には嘘をつきませんよ」
白い息をはきながら、骸さんははっきりとそう私に告げた。一瞬何が言いたかったのか分からなかったがすぐに骸さんの言わんとすることが分かった。しかし……どうして骸さんには私の考えていたことが分かったんだろう。

私は骸さんの考えていることは分からないというのにこれではあまりにアンフェアじゃないだろうか。



は顔に考えていることがでますからね」
「骸さんは全然でませんけどね」



私の嫌味に骸さんは眉を潜めると「僕はそういう場所で育ってきましたから」と笑った。その言葉にハッとし、私は骸さんの目がみれずに視線をそらしながら、「ごめんなさい」と言葉を紡ぐ。確かに、骸さんが生きてきた場所だったら仕方がないことだ。
同じ世界に生きている人間なのに、私と骸さんは生きてきた環境があまりに違いすぎる。それでも、今ここにいる、私の目の前にいる骸さんは私に笑いかけてくれるからそんな場所で生きてきたことを時々忘れてしまう。



「別に事実ですからが謝ることではありませんよ。」
「でも、」

「僕が顔に出さないのは事実ですから。それに生きるためにどんな嘘でも笑顔でついてきました」



痛々しく微笑む骸さんの表情が見ていられない。顔をさげた、私の目の前まで骸さんは来ると私の頭を優しく慈しむようになで、髪の毛を一房手にした。まるで壊れ物を持つようなその仕草に私は視線をあげ、骸さんを見上げた。



「でも、僕は君には嘘をつきません。もう悲しませはしない」



骸さんは手にした私の髪の毛に唇を落とす。瞳をふせ、まるで誓いを立てるかのような骸さんに私はあの時の事を思い出していた。

骸さんが私を弱い、と罵り冷たい視線しかくれなかったあの日の出来事。私はきっとあの日のことを忘れることはないだろう。あのことで悲しんだのは紛れもない事実で、それでも今でもこうして骸さんの隣に立っているのはあの日骸さんが私に言った言葉が紛れもない事実であったからかもしれない。私は間違いなく他の誰よりも弱かった。


には笑っていて欲しいんですよ」


ニッコリ、と微笑む骸さんの表情。それを言うなら私だって、大切な人には笑っていてもらいたいと思う。骸さんも私と同じ気持ちなんだろうか。大切な人には笑っていて欲しいとおもうからこそ、こう言ってくれたんだろうか。私も骸さんの大切な人になれた?


「私も骸さんには笑っていてもらいたいです」

私の言葉に目を丸くして驚いたけれど、直ぐに私の好きな笑みで微笑んでくれた。大好きで大切な人とこうして笑いあえるなんて、私はどれだけ幸せなんだろう。どうせなら、もうすぐに迎える来年もこうして大切な人たちを笑いあえればよいのに。



(2008・12・31)
骸end
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