回り道をして帰ったなんてことがあとで吾郎に知られてしまったら煩くなるであろうことが容易に推測できた私はアイスの入ったビニール袋を持ち直し、歩き出した。
それに星空なら家から見れないこともないし、わざわざ回り道して帰る必要もないだろう。
先ほど来た道を、戻っていれば前方に見知った後姿。街灯はあるが暗いせいであまりはっきりと分からないが、その後姿には見覚えがあった。けれど、本当にその人かどうかは分からない。
確かめようにも声をかけて違う人だったときのことを考えると声をかけることもできない。
近づけば分かるかもしれないと少しだけ小走りになり、確かめようと思えばその人物が私の足音に気づいてかこちらを振り返った。
「?」
「ひろさん!」
紡がれた名前にやっぱりひろさんだったのか、という安堵を覚え私はひろさんに近づいた。立ち止まって私が来るのを待っているところが分かりにくいひろさんの優しさ、だろう。
ひろさんは私が自分のところまで来ると眉をひそめた。
目つきが決して良いといえないひろさんはとても迫力満点である。これがひろさんの普通の表情ということは分かってはいるが初めて見る人は絶対に睨まれていると感じるはずである。ぶっちゃけ、私は分かってはいてもそう感じている。
「お前こんな時間に何してるんだ」
「えっとアイスを買いに」
「……こんな寒い時期にアイス」
呆れた表情でこちらをみるひろさん。ひろさんは分かっていない。寒いこの時期だからこそ、アイスが美味しいのだということを。ぬくぬくとしたコタツの中で、アイスを食べた時の感動っていったら、そりゃもう凄いのに。
まだ何かをぼそぼそと呟きながら眉をひそめているひろさんが行くぞ、といって歩き出したのに私もついていく。はて、行くぞってどこに?そもそもひろさんのほうこそこんな時間に一人でこんなところを歩いていたんだろうか。
私の理由に姑のごとく言ってくるひろさんの理由……下らないものだったら私もひろさんのように言ってやろう。まぁ、私がひろさんにそんなこと言えるかどうかは、無論言えるわけがないのだけど。
「ひろさんは、何してたんですか」
「丁度、お前の家に行こうとしてたところだ」
眼鏡をあげながら答えるひろさん。こんな日まで家に来るなんてどれだけ暇なんだろうか、とは少し思ったものの「吾郎に呼ばれたんだ」といわれては何もいえない。
吾郎のことだしつこくひろさんに家に来るように言い寄ったんだろう。
「まぁ、お前の作る蕎麦は楽しみにしてる」
「うわー、ハードルあげるようなことしないでくださいよ……カップ麺じゃ駄目ですか?」
「俺は即席の奴は好きじゃない」
いや、私も別に麺うつところからやっているようなわけじゃないんですけど……そう思ったけれど、私の料理を楽しみ、といってもらえたことは嬉しかったのでこれ以上何も言い返すことはしなかった。
アイスを持つ手を右から左へとかえて、今まで出していた手をポケットにしまう。
アイスを持っているほうの手は赤くなっていて冷たい。これなら手袋でもしてくればよかった、と息を吐けば、ひろさんがこちらに手を差し出していた。思わず見上げれば、「荷物」と、一言。
そして視線が私の持っていたアイスへとうつる。
「このぐらい持てますよ。そんな重たいわけじゃないですし」
「良いから貸せ」
「いや、でも……」
「俺が貸せといってる」
ギロッと睨まれては、素直に従うほかない。私はアイスの入ったビニール袋をひろさんへと手渡す。ひろさんはそれを左手で持ち、私のほうに視線をやった。
「右手はしっかりポケットの中にいれとけよ」
先ほど手をいれかえたおかげか、右手は少しずつではあるが温かくなってきていた。それでもいつもの体温に比べれば冷たいとは思うのだが、そんな右手よりも今まで外に出しておいた左手はもっと冷たくなっている。ひろさんが荷物をもってくれたおかげで私の左手は持つものをなくし、これならポケットに手をいれておける。
ひろさんには悪いが冷たくなった手を温めようとポケットにいれようとしたのだけど、それよりもはやく私の左手をひろさんの右手が包んだ。
そして、そのままひろさんのポケットへといれられる。
「こっちのほうが暖かいだろ?」
「あ…はい」
それはそうだけれど、この状態凄く恥ずかしい。ひろさんの手は思っていた以上に暖かくて私の冷たくなった手を暖めてくれる。心地はよいが、このまま行くと暖かくなるのを通り越して、汗をかいてしまいそうだ。でも、ぎゅっと握られた手は大きくて暖かくて、私も思わず握り返していた。
ひろさんもそれに気づいたのか私のほうへと顔をむけると、僅かに笑みを浮かべる。
「ちゃんと握っておけ。暖めてやるから」
少しだけ私の手を握る手が強くなったひろさんに、手だけではなく心まで温かくなるのを感じた。家までの距離はあとちょっと。家についた瞬間に離された手は急に温度を失くした様な気がしたけれど、「また今度な」と呟かれたひろさんの言葉に私の手が再び先ほどの大きい手に包まれていた時の温度を取り戻していた。
(2008・12・31)
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