私は何もみていない、と自分に言い聞かせる。私は携帯がなったことに気づかなかった。だからしょうがない、と何度も何度も心の中で唱えた。
こんな日くらい家でゆっくりさせてもらいたい。こちらを見ている吾郎はいかにも「とらなくても良いのか?」という顔をしていたけれど、とったら最後、今日は一日ゆっくりできない気がしてならない。それでもやはり携帯が気になってしまいチラチラと携帯に視線をやってしまう。でないと酷いことになるかもしれない、と思うと恐くて仕方がないのだけど、やっぱり出たくはない。
私はどうしようかと、ハァとため息を一つ零した。
「……」
こちらを無言で見ていた吾郎はおもむろに私の携帯に手を伸ばし、それを自分のズボンのポケットへといれ、こちらを見るとヘラッと笑う。
吾郎の行動の意図が分からず眉を潜めてしまったけれど、吾郎は気にした様子もなく口をひらいた。
「今日は俺といて欲しいから、携帯は預かっておくからな」
はっきりと紡がれる言葉。
もしかして、これはもし携帯にでらなかったことを問われたらこれを言い訳にしても良いと吾郎は言ってくれているんだろうか。吾郎にしてはとてもじゃないけれど、気がきいている。でも、そう言われると携帯があまり気にならなくなったのは間違いなくて
「ありがと」と言えば、ただ吾郎はにっこりと笑っていた。
ゆっくりとした時間は過ぎていき、蕎麦を食べ終わりそろそろ31日も終わるといった時間になっていた。吾郎と私はソファーに座りまだテレビを見続けている。でてくる欠伸をかみころし、ここまで起きていたんだから12時までは絶対に起きておこう、と心に決めて持っていたクッションをさらに抱き込んだ。
ふんわりとしているクッションに顔をうずめると思わず寝てしまいそうになり、私はあわてて顔をあげた。
「」
「ん?」
吾郎に声をかけられて、私はそちらへと視線をやる。吾郎にしては珍しく真面目な声に私は一瞬、驚いた。
吾郎は普段は、語尾を延ばして話すことが多いけれど真面目なことを話すときは吾郎の語尾が伸ばされることはない。それに今の声はいつもより少しだけ低かった。一体何を話すつもりなんだろうか。
私を見る吾郎の瞳は真剣味をおびていて、普段の吾郎からはとてもじゃないけれど考えられなかった。
「お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん」
吾郎からのお願い。いつもも、されないことはないけれどいつもはくだらないことがおおくたいていは言い出す前に却下している。でも、こんな雰囲気のなかではそんなことは言えるわけがない。声からも分かるように、真面目なお願いなんだろう。そうでなければこんな声で、お願いがある、なんていわないはずだ。
しかし、だからといって私がきける範囲のお願いでなければ私はきけない。
「お願いって何?」と、言葉の先を促すかのように聞いた。無責任にお願いが何であるか聞いてないのに、うん、とはいえなかった。
「ずっと俺の妹でいてくれ」
弱弱しい言葉だった。まるで縋りつくような、言葉。
確かに私は吾郎への扱いが酷い。でも、それは私と吾郎が兄妹だからで、決して吾郎が憎いわけじゃない。
吾郎の妹として生まれてきたくはなかった、と思ったこともあった。吾郎の妹としてしか認識くれない人達に涙がとまらない日もあった。でも、それは吾郎が悪いわけじゃない。それに吾郎にあたってしまう私に吾郎はいつでも優しく接して、甘えさせてくれた。
面倒くさい妹だっただろう。こんな妹いらないと思った日もあったかもしれない。
なのに、吾郎は一度として私を見離すことはなかった。いつも、何があっても笑いかけてくれていた。
吾郎は私にとって唯一無二の兄だ。こんなことお願いされなくたって、その事実は変わることはない。
「ずっと一緒にいられるわけじゃないっていうのは分かってる。それでも、一緒にいられなくなっても、兄妹でいて欲しいんだ」
ずっと一緒にはいられない、という言葉で吾郎への隠しごとが頭に思い浮かぶ。私はいつか、ツナ達と一緒にイタリアへと行くかもしれない。きっとそうなったら簡単に会うことも出来なくなってしまうだろう。
ズキン、と心が痛んだ。
隠し事をしている自分。怪我をして帰ってきては吾郎を心配させるだけ心配させて事実を言えない私はどれだけ卑怯なんだろうか。でも、まだ私は自分が卑怯だと分かっているにもかかわらずそのことを吾郎には言えない。吾郎に言ったら自分もマフィアになるなんて言いだしそうで恐くてたまらなかった。私のせいで吾郎が危ない目にあうのは嫌だ。
「私は、何があっても吾郎の妹だから」
でも、それでも私も吾郎の妹でいたいと思う。卑怯でも、なんでもいい。この優しくて単純で、馬鹿で、それでも大切でしょうがない兄の妹でずっといたい。
私の言葉に吾郎は、目を丸くしてゆっくりと笑った。
「俺だって何があってものお兄ちゃんだ」
ちょっとだけ泣きそう。この言葉が嬉しくてたまらないと思うのだから私もだいぶ末期かもしれない。今まで吾郎のことをシスコンだシスコンだ、と思っていたけれど私も大概ブラコンらしい。テレビの中の人たちがかなりの盛り上がり見せ、で元旦を迎えたことが告げられる。吾郎から「今年一年もよろしく、」と言われ、「今年もよろしくね、お兄ちゃん」と返しながら、私たちは笑いあった。
(2008・12・31) 吾郎end
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