本当はでたくはないのだけど携帯はなり続け、着信を告げている。さっさと切れればよいのにと心の中で悪態をついてしまったが、相手の名前を見た瞬間に私は携帯を耳にあてていた。申し訳ないことをしてしまったと素直に思う。
「…もしもし?日吉?」
『遅い』
だって、相手は日吉だったのだから。
これが跡部部長やどこぞやの似非眼鏡先輩なら、むしろずっと無視を決め込むのだけど相手は日吉。私とともにあの人たちに振り回されている人の中の一人だ。
そりゃ、たまに助けろよ、と思う場面でちょくちょく見捨てられることも少なくないが日吉も助けたくても助けられない状態だということは分かっている。
常識もあるし、私と趣味も同じ。まったくもって親友と言っても過言ではない人物だ。近々苦労人同盟でも組もうかとも考えてはいるが、こんなもの組んだら組んだで自ら苦労人ということを認めているようなのでやっぱりやめておこうと思う。
「ごめんごめん、まさか日吉だったとは思わなかったからさ」
跡部先輩たちだったら多分出なかったと思うよ、と明るく言えば電話口から『お前はそういう奴だな』と呆れたような口調で言われた。私としては日吉も、跡部部長や似非眼鏡先輩からの電話なら多分出ないと思う。
いや、まぁ…跡部部長からの連絡ならテニス部関係ということも考えられないことはないからでるかもしれないけど。
似非眼鏡先輩からの連絡なんて100パーセントくだらないことだということは分かりきっている。ついでに岳人先輩には悪いけど、岳人先輩からの電話も大体100パーセントの割合でくだらないことだ。
たまに、跡部部長や似非眼鏡先輩たちからの電話を無視してると岳人先輩の電話からかかってくることもある。電話にでて聞こえてくるのは跡部部長か似非眼鏡先輩の声なんだけど。そういう時は本当は岳人先輩の電話を跡部部長たちが利用しているということはわかってる。でも、どうしても岳人先輩からの電話だと思うとでてしまう。
私は可愛いものには果てしなく弱いんじゃないかと最近よく思う。
「それで、急に電話とかどうしたの?」
『…表でてこい』
「は?」
日吉の言葉に私は眉をひそめた。吾郎が先ほどからちらちらとこちらを見ているが少し気になるけれど、このさい無視だ。
「ちょっと意味がわからないんだけど?って、日吉、今どこ?」
『だから、表だ』
「いや、その表って言う意味が……」
分からない、と言おうと思ったけれどそれよりも思いたった答えに私は立ち上がり、玄関のほうへと向かった。立ち上がってリビングに出る時に「どうしたんだ、?」という吾郎の声が聞こえたけれど今回も無視しておく。
ガチャガチャとせわしく玄関の鍵をあけ、ドアをあける。雪がちらつくなか、適当にあった靴をはいて外にでればお風呂上りであまり着こんでいなかったせいか、体が一気に冷えたような気がした。
しかし、そんなことは今の私にとってはどうでも良く視線をあげれば、携帯を片手にこちらをみている日吉と視線があった。
「あっ」
私が驚きの声をあげれば、日吉はゆっくりと携帯を耳からはなし電話をきった。携帯を片手にかたまる私に日吉は眉をひそめて「上着くらい着て来い」と機嫌悪そうに言った。私はそれを見てあわてて言葉を紡いだ。
「いやいや、まさかこんなところにいるとは思わなかったから……って、本当にここにいるとは」
「表にいるといっただろ?」
「だからって、自分の家の前にいるとは思わないって。それもこんな時間に」
冷たい風が玄関のなかへとはいっていく。これでは折角暖めた部屋がさめてしまうと思った私は日吉に一言ことわってから上着をとりにリビングのほうへと行った。吾郎に少しでてくる、とだけいって再び玄関から外へとでて、日吉の目の前までいく。
「それで、どうしたの?」
あの日吉が用件もなしでここまで来るとは思えない。私と日吉の家の距離は決して近いとは言いがたい距離にあるし、何かあったんだろうか。でも、言いたいことだけなら電話やメールでもすむ。
「ここらへんまで来たから、ついでに来ただけだ」
「あ、そうなんだ」
思ったよりもそっけない言葉がでていた。私に会うのは、ついでなのか、と思うと少しだけ気持ちが暗くなる。別に暗くなる必要なんてないはずで、ついで、でも友達が会いにきてくれたんだからそれだけでも嬉しいと思わないといけないはずなのに、何故かあまり嬉しいと思えなかった。
私なんて、日吉にとってはついで、ほどの存在なんだろうかと卑屈になってしまう理由が分からない。他の人に対して言われてもここまで感じないだろう、と思うのに。
「……」
このまま日吉を帰らせてしまうのは気が引けてどうにか話題を、と思えば日吉の頬が真っ赤になっている。あまりの寒さに真っ赤になってしまったんだろう。思わず私は日吉の頬へと手をのばしていた。
「うわっ、冷たいんだけど!大丈夫なの、これ?」
「騒ぐほどでもない」
「いや、これは冷たすぎるって。家、寄っていく?」
吾郎もいるけど、と苦笑まじりで言えば、日吉は首をよこにふった。でも、この頬の冷たさはこのままにしてはおけない。どうしよう。考えても良い案が思い浮かばず、困り果てた私は日吉を見上げれば日吉の手が日吉の頬にやっている私の手を包んだ。
「お前の手で、暖めてくれれば良い」
日吉の言葉の意味が一瞬分からなかった。「は?」と先ほどの電話のときのように、抜けた声がでる。しかし、日吉はあまり気にした様子もなく僅かに私から視線をはずした。
「さっきのは嘘だ。ついで、で来たわけじゃない」
「日吉?」
「…に会うためにここまで来たんだ」
小さく紡がれた一言。その一言に心臓がはねあがるのを感じる。ドキドキ、なんてものじゃ追いつけないくらい高鳴る心臓に私の頬は寒さなんかではなく真っ赤になってしまった。
(2008・12・31) 日吉end感想が原動力になります!→ 拍手
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